趣味は引用
ビオイ=カサーレス『モレルの発明』 [13]

《脱出したときはもう夜は更け、あたりは真暗で食べられる根を捜すことはできなかった。》p157

 前回の最後に引用した部分の終わりの1行、こちらに目まいのするような想像を呼び起こす「私」の疑念をクライマックスにして、「私」が映像の壁に閉じ込められるシーンは終わる。あのあと、あっさり「私」はモーターの停めかたを発見し、スイッチを切って無事に逃げ出す。
 ということは、やはりあのシーン、機械の機能の拡大適用でこちらをおどろかせるネタのひとつだったのだと思われる。
 実物の壁の上に偽の壁を映写して二重にする、しかも偽の壁は壊しようがない(なぜなら、偽の壁は完璧な映像であるから……!)。ここが「太陽と月がふたつずつ」と並んで面白いシーンだったことをもう一度書いておきたい。

 しかし場面は戻って、壁に閉じ込められるよりも前、「私」が太陽でも壁でもなく、複製された人間について考えていたころの論述を読み直しておく。これはこれでおかしいのだ。
「私」は、そもそもの発明者ではない立場から、モレルの機械が生み出す映像について、もしかするとモレル以上に考えを深めている(岡目八目的に)。いや、どちらの考えのほうが深いかなんて、もはやモレルと直接意見を交わすことのできない「私」の一人称手記からでは判断がつかないものである。岡目八目というより、あと出しジャンケンかもしれない。
《人間を永久に保存しようというモレルの試みの方向は、おそらくは意識的なものではなかっただろうが、大筋において賛成できる。彼は感覚の保存だけに仕事を限ったのだ。そして、思いちがいはしたけれども、真実を予言した――人間が、外側から捉えられた人間だけが現象するであろう、と。こうしたすべてを通して、私が昔から信奉していた理論が証明されたと言わなければならない。人間の身体のまるごとすべてを生かしておこうという企てはなされるべきではないのだ。》pp137-8

私が昔から信奉していた理論」。「私」もどうやら不死について一家言あったらしいことは、これまでもたびたび触れられてきた([9]の後半~[10]あたり)。
 モレルは、自分の発明(完璧な外観を備えた模擬像)には、意識が宿っていると考えた。「私」はそうは思っていない。あれは意識を欠いた、外観だけの像だと。この点だけなら、「私」の言うことはまっとうである。
 モレルにストップをかける「私」は、しかし、猛スピードでモレルを追い越す。「私」の考えるところでは、人間を記録する=不死にするうえで最も不可欠な条件は、“その記録像が意識を持つこと”である。
《思うに、不死性なるものがわれわれの手から失われてゆくのは、死への抵抗手段にいかなる進歩も見られなかったからである。死への抵抗ということになると、一番はじめに頭に浮かぶ考え、肉体全体を生きたまま取っておきたいという初歩的な考えに、われわれは依然として固執している。意識に関わるものだけの保存を求めれば、それでいいのではなかろうか。》pp26-7

 モレルの機械を改良していけば、オリジナルの人間が被写体になったときに抱いていた考えや感覚が映像にも保たれているか調べることができるはず、と「私」は考えを進める。
 ということは、結局、「私」はモレルより慎重なだけで、進んでいきたい方向は同じであるように見える。モレルも「私」も、不死を夢見るという一点で共通している。来るべき完全な機械がつくり出す映像は、われわれの考えたことや感じたことを、再生されるたびに考え感じるだろう。
《そのとき、生きることが、死に備えるための貯蔵庫となるだろう。しかしそのときでさえ、映像が生きているとは言えない。本質的に新しいものは、映像にとっては存在しないも同然なのだから。映像が知ることができるのは、すでに考えたことや感じたこと、あるいはかつて考えたことや感じたことの組合わせ、ただそれだけのはずである。》pp138-9

そのときでさえ、映像が生きているとは言えない」のは、映像の言動はすべて反復にすぎないからだ。しかしおそらく、モレルにとっても、「私」にとっても、この生きていない映像が不死なのである。
 言い方を変えれば、この二人は、あるいはこの小説は、生きていない映像(コピー)を不死にすることによって、被写体の人間(オリジナル)も不死にしたいのである。
 そのためには、という問題に、話はようやく戻ってきた。


→[14] [15] [16] [17] [18]


モレルの発明 第2版 (フィクションの楽しみ)モレルの発明 第2版 (フィクションの楽しみ)
(2008/10)
アドルフォ・ビオイ・カサーレス

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