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2008/11/19

ビオイ=カサーレス『モレルの発明』 [4]


(考えてみると、前回は『モレルの発明』のネタまでたどりつかなかった。今回はちょっとは触れると思うので、同じように一応の注意をしておきます。
「ネタバレあり」)

 話を戻す。
 語り手「私」を無視する「連中」が、ある日、きれいに消えてしまったのだった。「私」は丘をのぼり、博物館まで足を運んで、その事実を確認する。
 この博物館の地下には発電機があって、以前は「私」も使っていた。いま建物の電気は消えている。ということは、やはり「連中」は実在し、彼らがここの電力を使い切ったのだろう。一応、幻覚だった可能性を考えつつも、「私」はふらふらと階段を下り、結果、ここまでで最大のピンチに遭遇する。
[…] せめて地下室に降りていったことを正当化し、あいまいな気持に折り合いをつけるために、発電機を動かそうと試みた。何度か弱々しく爆発したあとで、室内に静けさが戻ってきた。外では、杉の枝が嵐に揺れ、天窓の厚いガラスにたたきつけられていた。
 そこからどうやって出たのか、もはや思い出せない。一階に上がったとき、モーターの動き始める音を聞いた。光が斜めにさっと流れ、たちまちあたり一面を照らし出すと、私はふたりの男の前に立っていた。ひとりは白い服、もうひとりは緑色の服を着ていた(料理人と召使だった)。[…]
 まるで私の足音など聞こえなかったかのように、まるでこの私が存在しないかのように、ふたりは静かな声で話し続けた。》pp74-5

「連中」が戻ってきたのである。しかも今度は彼らの真ん前に「私」は出てきてしまい、それなのに相変わらず、無視されている。おそるおそる、「私」は博物館のなかの食堂を盗み見て、12人もの人間がテーブルを囲み、もの憂げに会話しているのを聞く。
 この短い時間のあいだに、彼らはどうやって帰還したというのか。そんなことは不可能だ。「私」は動揺したまま階上の一室に忍び込み、電気を消そうとするがスイッチは動かない。どうすればこの危機から逃げ出せるだろう?
《そんなことを考えていると、ドーラの顔が覗いた。彼女の目は私を通り過ぎた。明りを消そうともせず、行ってしまった。
 私は恐ろしさのあまり震えていた。》pp81-2

 自分の心拍で足取りも乱れてしまうような、それでもじっとしていられず動くしかないような、このあたりの「私」の書きぶりにはほんとうにハラハラさせられるのだが(盗み聞きの成果で、ちゃんと「連中」の名前を学習しているのもいい)、それが最高潮に達するのは脱出するシーンである。
《ホールに入ると開け放した窓が眼に入り、それとほとんど同時にイレーヌと、そのかたわらに先日の午後幽霊の話をしていた女の姿が見えた。反対側には、あの毛深いしかめっ面の青年が、開いた本を手に、フランス語の詩を朗読しながら、私のほうに歩いてきた。私は一瞬立ち止まったが、それから断乎たる態度で、彼らのあいだを、ほとんど触れんばかりに通りすぎ窓から飛び出した。落ちたショックで脚が痛かった(窓から下の芝生まで三メートルほどもあった)。何度もころびながら崖ぞいに駆け下りた。だれかが見ているかもしれないなどと気にするゆとりはまるでなかった。
 […] 論理的にはありそうもないことかもしれないが、博物館では、たぶん、だれも私の姿を眼にとめなかったのではないか、という気がする。これで丸一日たつが、だれも私を捜しに来ない。こんな僥倖がかえって怖い。》pp84-5

 そんな「僥倖」があるはずがないのは、「私」もわかっているのである。それ以外の事情を考えるのが恐ろしすぎるので、自分に「僥倖だった」と言い聞かせている。そう受け取ることで、「怖い」という感情に落ち着こうとしている。そのような機微が読み取れるのだから、手記という形式は見た目よりずっと波瀾万丈である。


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