2008/08/30

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(1937)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)
岩波文庫(1982)


 初版は1937年。「日本小国民文庫」という子供向け叢書の最終巻として刊行された。戦後も手が加えられ、この岩波文庫版はたいていのブックオフに置いてある。というのは、この本、中学・高校で読書感想文の課題図書に指定されることがすごく多いらしいのだ。そこで私も、8月末になって夏休みの宿題にとりかかる、そんなつもりで読んでみた。
 
 まずすごいのはタイトルだが、そのわりに主人公のあだ名は「コペル君」といって、なかなかキャッチーである。
 東京の郊外、お母さんとふたりで暮らすコペル君は、小さな中学2年生(旧制)。成績優秀、元気いっぱいで友達も多いが、「いたずらが過ぎる」ので級長に選ばれたことはない。お父さんのいないコペル君を見守る存在として、叔父さんがひとりいる。
[…]叔父さんは、お母さんの本当の弟で、大学を出てからまだ間もない法学士です。コペル君も、よく叔父さんのうちに遊びにゆきます。二人はたいへん仲よしなのです。人並み以上背の高い叔父さんと、小さなコペル君と、二人が並んで散歩しているところを、近所の人はよく見かけます。原っぱで二人がキャッチボールをしていることもあります。》p7

 小説は10章に分かれ、毎回まず、コペル君が身のまわりであったことを叔父さんに伝え、次に叔父さんがコペル君への手紙として長いコメントをよこす、というパターンで進む。
 なにしろこんなタイトルであるから、弱いものいじめはいけない、とか、先生の言うことはちゃんと聞く、とかいった道徳的な教えばかりが続くのかと思ったが、たしかにそういう話もあるものの、決してそれだけではない。
 だいたい、「へんな経験」と題された第一章からして意外なものだった。

 霧雨の降る日曜日、銀座にあるデパートメントストアの屋上から街を眺め下ろしていたコペル君は、人がゴミのようだ 何十万、何百十万という人間が、それぞれの意志を持って生きているということに思い至り、奇妙なおどろきに打たれる。
《コペル君は、何か大きな渦の中に、ただよっているような気持でした。
 「ねえ、叔父さん。」
 「なんだい。」
 「人間て……」
と言いかけて、コペル君は、ちょっと赤くなりました。でも、思い切って言いました。
 「人間て、まあ、水の分子みたいなものだねえ。」》p16

 コペル君が説明しようとしてうまく言葉にできなかった感慨を受けて、その夜、叔父さんは手紙を書く。人間の社会を分子の集まりと見ること、そして自分もそんな分子の一つだと気付くこと、それは天動説から地動説への転換みたいな大きい発見なのだ、と。
(この日、それでもって「コペル君」というあだ名が生まれたのだった)

 つまり、叔父さんが教えることは単なる道徳ではなくて、いや道徳ではあるのだが、それはコペル君にとっての“あたらしい知識”とセットになって与えられている。
 甥の発見に、科学という知で裏付けをおこない、世界の見方を教育していく。そんな叔父さんの方法が新鮮に思えた。
 それでどんどん読んでいくと、叔父さんの影響で、コペル君はみずから発見の種を探すようになり、ある日、ついに大発見をものにする。叔父さんに会うのが待ちきれず、コペル君は大急ぎで手紙をしたためた。まとめるとこんな感じである。

 叔父さん、聞いてください。僕はすごい発見をしたのです。
 子供のころに僕が飲んでいた、粉ミルクの缶。いまでもお菓子を入れるのに使っているあの缶のことを、こないだ夜中に目がさめたとき考えました。
 あの粉ミルクは、オーストラリアで作られたと書いてあります。ということは、オーストラリアの牛から僕までの間には、牛の世話をして乳をしぼる人→工場に運ぶ人→粉ミルクにする人→缶に詰める人→鉄道に運ぶ人→汽車の人→港の人→船の人、さらには日本についてから荷おろしをする人→運ぶ人→売る人、広告する人、小売りの薬屋の人→薬屋の小僧、というふうに、長い長いリレーが続いていることになるでしょう。
 つまり、工場や汽車を作る人まで考えれば、何千何万という顔を見たこともない人たちが、粉ミルクの缶を通して、僕につながっているのにちがいありません。そして、これは粉ミルクだけの話ではなく、家にある時計も電灯も机も何もかも同じであって、どの品物のうしろにも、たくさんの人間がぞろぞろつながっているのです。
《だから、僕の考えでは、人間分子は、みんな、見たことも会ったこともない大勢の人と、知らないうちに、網のようにつながっているのだと思います。それで、僕はこれを「人間分子の関係、網目の法則」ということにしました。
 僕は、いま、この発見をいろいろなものに応用して、まちがっていないことを、実地にためしています。[…]pp87-8

 叔父さんからの返事はすぐに届いた。

 コペル君。発見をいちばんに打明けてくれてありがとう。君の手紙を読んで、僕は本当に感心した。自分ひとりであれだけ考えていったのはたしかに偉いことだ。しかし、あれを読んで、ぜひ君に考えてもらいたいと思ったことがあるから、いくつか申しあげるよ。
《君は、「人間分子の関係、網目の法則」という名前より、もっといい名があったら言ってくれ、と手紙に書いたね。僕はいい名前を一つ知っている。それは、僕が考え出したのではなくて、いま、経済学や社会学で使っている名前なんだ。実は、コペル君、君が気がついた「人間分子の関係」というのは、学者たちが「生産関係」と呼んでいるものなんだよ。》p89

 あ。
 巻末の解説で、丸山真男が念を押している。
《私は思わず唸りました。
 これはまさしく「資本論入門」ではないか――。》p312

 叔父さん、叔父さんは、そうだったのか。さっき、人間=分子の発見のところで、コペル君は「ちょっと赤くなりました。」とあったが、ここでもだいぶ赤くなっている。ときは1930年代後半。何かざわざわする。
 ――などと茶化したように書けるのは、いまが2008年だからであって、「大学を出てからまだ間もない法学士」である叔父さんが、ここからはじまる考えかたを、理想でも夢でもなく、地動説や万有引力と同等のあたらしい知識=人の幸福の裏付けとなる科学として、熱っぽく甥に語り伝えているのを見ると(叔父さんのレクチャーはじつに9ページ続く)、なんだか果てしない思いがするのだった。コペル君にとってたったひとりの叔父さんは、きっと何千人、何万人といたのだろう。

 この叔父さんを「真面目」とするならば、ひどく「不真面目」な態度でこの本を読んでしまったことになるが、『君たちはどう生きるか』というタイトルの大書された表紙をもういちど見るとき、むしろ私は、叔父さんはどう生きたのか、それが気になって仕方がなかった。そしてこの本が終わったあと、コペル君はどう生きたのか。
 皇帝暗殺者になる。それはまた別の話である。

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