2008/07/31

千年のろい歌


 タイトルに意味はない。なんか更新していなかった。理由その1。先々週あたりからバルガス=リョサの『緑の家』(新潮文庫)を読みはじめたが、生活に創意工夫の才を欠くため電車のなかぐらいしか読む時間がとれなくて、ぜんぜん進まなかった。きのう読み終わったからいまこうして書いている。理由その2。創意工夫の才を欠(以下略)


■ そんなある日の電車、むかいの席に白い帽子と白いシャツ・黒い半ズボンの制服を着た小学生が座っており、次の駅で、彼のとなりに母親の手を引いた男児が座った。男児、小学生に興味津々な様子で突如話しかける。
「ねえ なんさい? ぼく よんさいだよ」
何という社交性。小学生の緊張が伝わってきて車両内の温度が上がった。
「…8才」
母親は笑っていたが、男児のほうは追及の手を緩めない。
「じゃあ、くるまのうんてん できるの?」


■ 黒田硫黄の新刊(2ヶ月連続)

 http://kurodaiou.blog57.fc2.com/blog-entry-44.html
 (ファンサイト「黒田硫黄の仕事」
というわけで、「あたらしい朝」単行本第1巻は来月発売です。
9月発売の短編集「大金星」も、多様な雑誌に載った多様な短編が詰まった濃い一冊になりそうです。ご期待下さい。

 ネットを見てて欲しくなったものがプラス数回のクリックで手に入るこのご時世、これだけ待たされる体験はむしろ貴重ではないかと思うことにするほどに、私は待っていた。ところで、あのブログを書いてるのはだれなんだ。


■ それでも「崖の上のポニョ」は見た
 
 賛否両論って、ふつう「賛」の人と「否」の人に分かれるということなのだろうが、ことこの映画に関しては、私のなかで賛と否が入り乱れている。いまだ落ち着かず。
 自分で見るまでは何の情報も欲しくなかった人間なので、一応下に隠す。

 駿は全力で「深読みできない作品」を作ってると感じるんだがどうか。
 どう考えても変なことを、作中では変なこととせずに描いていくのがいちばん変。波スゲ-、嵐スゲー、走りスゲー、とか思っていられたうちはまだ幸福だった。その後の展開におぼえた感情が自分でつかみかねていたのだけど、まる1日経ってから、たぶんわかった。私は「こわかった」んだ。

 ちょっとだけネットをうろうろした限りでは、竹熊健太郎の感想(「たけくまメモ」)がいちばんよくわかったのでメモ。まあ、みんな知ってるよな。
 →「宮崎駿のアヴァンギャルドな悪夢」  →「ポニョ2回目」

 あと、こういうの(町山智浩)もあった。
 ここでリストアップされている「許せないこと」のうち、①~⑥までは「なんかちがうんじゃないか」と思う。言ってることはまちがってないが、というかすべて正しいが、この作品にそれを言うのは正しいのだろうか、みたいな。
 村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』は、スパゲティをゆでている「僕」のところに謎の女から電話がかかってくるシーンではじまって、やがて妻の失踪が明らかになり、それからいろいろあって、単行本を2冊読んだすえに「あの電話の主は妻だったんだ」という真相が啓示のように到来するのだったけれども、安原顯がどこかの雑誌か何かでこの長篇への「批判」を列挙していて、そのほとんどが「電話の声で自分の妻だとわからないはずがない」のようなものだったことを思い出し(ソース:立ち読みした私の記憶)、それを読んだときの脱力も同時に思い出した。正しい、正しいけど。極端な話、こういう意見の延長には「作中人物が喫煙するからダメ」みたいなものが出てきてしまうような。「ポニョ」では、母親が「それでもシートベルトはしている」のがかなり無理しているように見えた。
 話を戻すと、⑦はいちばんの関心事なので、それのためにもう1回見にいくと思う。⑧は同意。ただ、声なんて棒読みでいいから絵だけ見てろということなのだとしたら……とか考えてしまうファンなので、この番組もメモ。

 8月5日(火)22:00~ 宮崎駿のすべて ~「ポニョ」密着300日~


■ と、ここまではきのう書いたんだが
 
 今晩は『モンキービジネス』第2号の感想など書こうと思っていたものの、今日、帰りがけに本屋に寄ったら、リチャード・パワーズ『われらが歌う時』上下巻が出ていた。そろそろだろうとサイフにお金を入れていて正解。しかし高いよ。また更新しない日々が。

20080730

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