趣味は引用
アンタッチャブルなもの

■ 「人間のかたちが、ぜんぶ黒く塗ってある絵」。これが私は怖い。子供のころから怖かった。
 自分はこういうのが苦手だ、とはっきり意識したきっかけもおぼえている。
「ナルナルタンタンへそのゴマ!」のフレーズで有名な「まんがなるほど物語」シリーズのどれかで昭和の未解決事件を扱った回があり――いや、さすがにそれはありえないと思うので、たぶん薬品か何かを扱った回だろう――そこで紹介されていたエピソードが、戦前の東京で、銀行にやってきた男が行員と客を毒殺してお金を盗んで逃げた、というものだった。
 その状況はナレーションと2枚の絵で紙芝居ふうに紹介されていた。
 1枚目。銀行の窓口で、身を乗り出して行員に話しかける男。
 2枚目。銀行の床に倒れている行員、客。
 どちらの絵でも、背景の銀行内部はわりと写実的なタッチ(セピア調)。人間は、問題の男も行員も客も、全員がいわゆるアニメ的ではないふつうの頭身で、ふつうの服を着ている。ただし、服から出ている頭と手はシルエットで描かれ、つまり、人体だけが真っ黒なのだった。幼い私は震えあがった。何がへそのゴマか、と思った。
 それ以来、真っ黒な人の絵を見るたびに「やっぱり怖い、まだ怖い」とおびえながら、毎回かならず、芋づる式にこの銀行の絵まで思い出すならいになっている。
 困ったことに、こういう絵は「見る人にわかりやすいように」の親切心で描かれることが多い。非常口を示すマークみたいにシンボル化された図案でも、あの傾いた人が黒で塗ってあったら相当おそろしいと思う。単純なものから呼び起こされる恐怖心は、それじたいも単純なのかどうか。謎である。
(いちおう言っておくけど、真っ黒な人のの話である。そして自分のおそれを観察してみるに、真っ黒/真っ黒じゃない、の判断基準は「目まで塗ってあるかどうか」にあるようなので、人間のシルエット絵が怖い、とまとめるのが妥当であるようだ。実際の人間は関係がない)
 
■ 何の話か。
 そういう黒い人がぞろぞろ登場するアニメ「電脳コイル」を、先日、ついにぜんぶ見終えたのだった(全26話、DVDで9巻。まえにこういうのを書いた)。

 メガネをかけると肉眼では見えないものが見えるようになる、そうやって「見えるようになった、見えないもの」がもうひとつの空間を形成している、という設定の魅力はもとより、とくにアニメ後半は、私にとって「黒い人の絵」との戦いだった。見てない人にはさっぱり通じない話で申し訳ないが、「面白いんだけど怖い」「怖いんだけど見たい」という葛藤に翻弄され続けの1ヶ月だったので、このことだけはメモしておきたかった。
電脳コイル 第9巻 限定版 もっとも、いくら怖いといっても「途中でやめる」選択肢は出てこなかったのはまちがいない。だいたい私は、気に入るとすぐ全肯定に走る人間だけど、どこが面白かったかを箇条書きにするとあまさずネタバレになる気がして何も書けない。本放送の終了から半年経っているとはいえ。
 最後の2話はいくらなんでも急ぎすぎ(せめてあと10分あれば)と思ったが、それも相まって、怒濤の収束劇になっていた。なにより、「あまりに道徳的なので泣けた」のは希有な体験の気がする。立派なアニメだった。またはじめから見直したい、と思うと同時に、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(および『羊をめぐる冒険』)の終りかたはどうなっていたか、確認したくなりもした。これは個人的な関心なのでネタバレではないです。

光車よ、まわれ! (fukkan.com) それから、たぶん参考図書だと思って小説『光車よ、まわれ!』(天沢退二郎)を読んでみたら、こちらも一部、黒い人との戦いだったりするからまたおびえた。絵ではなく文章なのに。大学のときに先輩がすすめてくれたので書名だけあたまに引っかかっていたこの児童書、かりに小学校の図書室に置いてあったとしても、私は怖すぎて手に取らなかったと思う。表紙も怖いが中身も容赦がない。いったいに、面白い「子供向け」作品ほど死の扱いが直截なのだよな。


■ で、最初の「まんがなるほど物語」(もしくは「新まんがなるほど物語」)に戻る。なんだかさっきから、あの「銀行の毒殺事件」を描いた絵は、うえで書いた2枚ではなく、もっとあったような気がしてきたのである。
 ……「身を乗り出して行員に話しかける男」の絵と「銀行の床に倒れている行員、客」の絵のあとに、「倒れている行員の横で、お金をかき集めている男」の絵があったような。あるいは、「お金の入ったバッグを持って、前かがみで出ていく男」の絵。いずれにせよ、人体がシルエットなのは共通している。そして、思い浮かべれば浮かべるほど怖くなってくるのも同じだ。
 たぶん、私の創作なのである。自分で捏造した、ありもしない絵におびえているとしたら相当マヌケだ。でも、そういうマヌケなことはよくある気もする。もとの絵は1枚だけだったのかもしれない。もう確かめようのない記憶のなかから、黒い人間はこれからも私をおびやかすんだろうと思う。

■ ↑この改行のあいだに調べてみた。あの事件は帝銀事件だった(→ウィキペディア/→もっと詳しいサイト。名前は聞いたことがあったが、これだったのか。戦前じゃなく戦後だし。リンク先の文章を、出てくる人物に黒い人を代入して読んでたらますます怖くなった。


■ ほんとうは、「電脳コイル」がめちゃくちゃ面白かった、と言いたくて書きはじめたはずだった。とりあえずロマンアルバムでも買おうか。
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