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「モンキービジネス」2008 Spring vol.1 野球号

 本屋に行ったら、柴田元幸責任編集の「モンキービジネス」vol.1が、平積みになっているのを発見する。「なんでもう出てんだよ!発売は4月18日だったんじゃないのかよ!」 今日が19日であることも発見する。嗚呼。
 
モンキー ビジネス2008 Spring vol.1 野球号モンキー ビジネス2008 Spring vol.1 野球号
(2008/04/18)
柴田元幸

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 で、買ってめくっているんだが、ポップな(て言うんでしょうか)表紙と裏腹に、めちゃめちゃに濃い文芸誌だった。何が濃いって、意気込みが濃い。
 出版社ヴィレッジブックスのサイトには「特設ページ」までできていたくらいで、そこでも読めるこの巻頭言からも、力の入り具合がわかろうというものだ。「海外・日本の新しい小説やエッセイを中心に、新しくない小説やエッセイなんかもちゃっかり混ぜて、こっちが面白いと思う文章を並べた雑誌にしたいとは思っている」。いいと思う。

 まだぜんぶを読んではいないが、今回は「野球号」ということで、小川洋子×柴田元幸の野球対談や、人脈を活かした、アメリカ作家による野球談義などが並んでいる。柴田元幸は3年まえ、日本人大リーガーについてのインタビューをポール・オースター相手に敢行していたという。オースターいわく、「ずいぶん話題を限定したインタビューだなあ」。
(とは言いながら丁寧に答えている。あと、『博士の愛した数式』はオースターも絶賛。田口犬男の野球詩も面白く、私は何年かぶりで「ヤクルト・スワローズ詩集」なんて単語を思い出したこれに入ってるやつです])。

 特集の部分は全体の分量の5分の1くらいにすぎず、あとは川上弘美や小野正嗣や、バリー・ユアグローと目白押し。川上未映子が、尾崎翠の「第七官界彷徨」について書いた文章に怯える。岸本佐知子の日記フィクションはますます快調だった。
《二月四日
「分数アパート」なるものの噂を聞く。二階建てで上下に五個ずつ部屋が並んでおり、たとえば上の階に警官が住んでいて下の階にも警官が入ると、相殺されて両者が消える。[…]》p113

 古川日出男やダニイル・ハルムス(「飛ぶ教室」2007年冬号でも紹介されてた)、カフカの漫画化はこれから読む。
 
 そんなように盛りだくさんなわけだが、最初に目次を見てもっともおどろいたのは、柴田元幸によるハーマン・メルヴィル「書写人バートルビー――ウォール街の物語の翻訳掲載。おお、ついに、という気がした。
 
 これは『白鯨』の作者であるメルヴィルが残した短篇のなかで、いちばん有名な(というか、唯一有名な)作品で、何度読んでもこちらを落ち着かせてくれず、毎回、「なにかすごいことが書かれてある、それが何かはよくわからないが」という気分になってしまうお話である。書かれたのは1853年だ。

 小説は、法律事務所を経営していた男の手記というかたちで、かつて彼のところで働いていた奇妙な筆耕・バートルビーについての回想になっている。語り手に雇われてから、はじめのうちこそ真面目に仕事に勤しんでいるように見えたバートルビーは、書類を書き写す以外の仕事を拒み、次にその仕事も拒み、あとは何から何まで拒んでいく。追い出そうとしても出ていかない。翻弄される語り手。
 バートルビーという人物は、底が見えないというか、底だけでできている気さえする。地名その他の細かい書き込みをはぎ取り、語りの温度を冷ませば、カフカにも近づきそうだ(じっさい、「カフカの先行者」とも言われているらしい)。
 しかし、大長篇の『白鯨』なら文庫で3種類が選べるいまの日本で、この「バートルビー」はなかなか読めなかった。私は国書刊行会から出た2巻本のメルヴィル短篇集乙女たちの地獄』の上巻で読んだけど、おなじ国書のバベルの図書館」版(第9巻は品切れだし、岩波文庫に入っていたのも絶版だ。わりと最近まで手に入りそうだった、八潮出版社というところの版も、もうだめなようである。

 柴田元幸はこないだの「Coyoteで、ちらりとこれをアメリカの「最重要短篇」と言っていたのだが、その「バートルビー」を読むには、ジョルジョ・アガンベンの『バートルビー 偶然性について(月曜社)を買うのがいちばん手っ取り早い、ということになっていたのではないかと思われる。
 これはイタリアの哲学者アガンベンが「バートルビー」を扱った論文で、当の短篇が入手困難である状況をかんがみた訳者の高桑和巳は、「バートルビー」じたいも自分で翻訳し、論文と併せてこの本に収録したのである。立派だ。
 しかし正直に告白すれば、私には、アガンベンの論の展開は壮大すぎてついていけなかった。ほかの哲学者の人も、このような本で「バートルビー」論を書いているらしい。でも、小説に基づいた現代思想って、あたまがふたつないと読めなくないか。みんなどうやって読んでるんだ。
 小説の表面をカタツムリみたいに這うだけの文章は思想とは呼ばれないのだろうけど、そういうものの方が(もしあるんなら)私は読んでみたいと思っているし、それは結局、小説そのものを読んでいればそれでいい、ということになっていく。で、翻って小説を読むのがいかにたいへんかということで、またヘコまされるのである。
 それでも「バートルビー」が、定価924円(税込)の文芸誌中の一篇として載っているのだから、そりゃ私は「モンキービジネス」を買う。買うに決まっている。今回は、買ってから掲載に気付いたわけだが。
 そして、読んでみた感想。
 
 「バートルビー」は「バートルビー」だった
 
 当たり前である。
 私は小説の冒頭、バートルビーが登場する前に、語り手が事務所のあった建物の説明をする部分が何とはなしに好きなので、そこを書き写したい。
《私の事務所はウォール街-番地の二階にあった。一方の端は、建物を上から下まで貫いた、大きな採光穴の白い内壁に面していた。この眺めは、どちらかといえば生彩を欠いた、風景画家たちの言う「活気」に乏しいものと思えたかもしれぬ。だがそうだとしても、事務所のもう一方の端に目を移せば、少なくとも対照のようなものは得られた。そちらの方角の窓からは、堂々たる高さの、年月と恒久的な日陰のせいですっかり黒ずんだ煉瓦壁が、何ものにも遮られず見渡せたからである。そこにひそむ美しさを引き出すには小型望遠鏡も無用であったが、近眼の見物人の便を図って、壁は我が事務所の窓ガラスまで三メートル以内まで押し出されていた。周囲の建物がどれも非常に高層であり、私の事務所は二階にあるため、この壁と我が事務所の壁とに挟まれた空間は、巨大な四角い貯水槽に少なからず似ていた。》p152

 壁の説明は冗談なのか本気なのかといえば、「きっと本気だ」と感知されるからこそ生まれる面白さだと思う。「小型望遠鏡」。
 今回あらためて読んでみて、バートルビーは相当おかしいわけだが、語り手だってけっこうおかしい、というのがつよく感じられた。彼は、鉄の意志で何もしないことを選ぶバートルビーを追い払いたいのだが、そうすることに良心の呵責をおぼえ、この男になんとか手をさしのべるためのエクスキューズを編み続ける。
《より高尚な考察は抜きにしても、博愛の念はしばしば、きわめて賢明かつ分別ある原理として機能し、それを有する者にとって大いなる防衛手段になってくれる。人はこれまで、嫉妬の念ゆえに殺人を犯し、怒りゆえ、憎しみゆえ、利己心ゆえ、自尊心ゆえに殺人を犯してきた。だが、慈しみと博愛ゆえにおぞましい殺人が行われたというのは聞いたことがない。とすれば、単に自己利益だけを考えても、もっと適切な動機が思いつかぬのなら、人はすべからく、激しやすい人間はとりわけ、博愛と慈悲に走るべきなのである。》p188

「博愛と慈悲」を選択肢として、そっちに「走るべき」なんてアドバイスを、私はほかに読んだことがない。そしてやっぱり語り手は、(本人の自覚はともかく)バートルビーに良心以上のものを揺さぶられており、つまり本気でバートルビーに反応した、ただひとりの人間なのだった。

 あと、買おう買おうと思いながら忘れかけていた、この本を思い出した。

バートルビーと仲間たちバートルビーと仲間たち
(2008/02/27)
エンリーケ・ビラ=マタス

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追記:
最後のページに次号の発売日がたいへんわかりやすく大書されているのもいいと思った。
 モンキービジネスvol.2眠り号は、
 7月20日発売です。

 すぐ来そうだ。「眠り号」はますます楽しみである。
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