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2008/03/06

筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』(2008)

ダンシング・ヴァニティ
新潮社


 この小説は、ひとまず、語り手の「おれ」とその家族の話としてはじまるのだけれども、のっけから話はまっすぐ進まない。“ひとつの場面の記述は、必ず5、6回繰り返される”という法則があるのだ。それだけのループを経てようやく次のシーンに進む。そこもまた繰り返しの連続。
 法則というと厳密なルールのようだが、実際には、なぜだかわからないが記述がぐるぐる反復される、ほんとなんでかわからないけど、という感じ。繰り返しは単なるコピペではなく、毎回少しずつちがっていくので、同じところを行ったり来たりというよりは、先の見えない螺旋階段をぐるぐる昇っていくのに近い。
 この反復のはじまるタイミングと、書き換えのリズムが、妙に気持いいのである。「あ、そこから次の書き換えに入るのか」という驚きがつねにあるし、それも含めて、文章を扱う手つきが絶妙である。(1)もとの記述を書き換える、(2)もう一度書き換える、(3)さらに書き換える…… この過程で、(2)の書き換えは(1)の書き換えを踏まえ、(3)の書き換えは(1)と(2)の書き換えを丁寧に踏まえている、などと書いてもよくわからないだろうが、すでに(2)でギャグにしてある部分は(3)では端折って書き換えを進めていくあたりの呼吸が、すごく巧みなのである。同じような文章を何度も読まされるからといって、我慢する必要はまったく感じなかった(そして何よりすばらしいことに、この反復を登場人物も薄々理解しているらしいのである)。

 偏執的に手の込んだ反復が積み重ねられていった結果、最後の5分の1くらいでは、そこまでがこの書き方だったからこそ可能な展開が次々に炸裂する。反復の形式じたいが雪崩を起こし、そこだけ見たらごく普通の文章がギャグになる(たとえば243ページ)かと思えば、これまた、そこだけ見たら支離滅裂なはずの表現が、奇妙な感慨をもたらす。そこまでがあっての面白さなので、引用して紹介できないのがもどかしくもあり、楽しくもある。
 
 筒井康隆は、書きっ放しで放り出す、その放り出し方が面白い、というタイプの作家ではないと思う。理知と計算の人だ。本作は、久しぶりにその資質に開き直った書かれ具合であると見えた。どこかで時を止めてしまったような作中のレトロな雰囲気も、今回は抜群に効果を上げている。
 書きぶりの面白さに目を奪われて夢中で読みながら、いや、『虚人たち』があり『驚愕の曠野』があるこの作家にとっては、これも決して新奇ではない、そんな作家を読み続けていたことが今さらだけどうれしい、みたいな小さいファン心に翻弄されていた私のあたまに途中からぼんやり浮かび、ラストに近づくにつれはっきり確信されたのは、本書があたらしい『夢の木坂分岐点』でもあることだった。誰が読んでも面白いと思うが、最近の筒井に物足りなさを感じていた人には特にすすめたい。今度は大丈夫です。

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