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2008/01/21

ゴッド・ブレス・ユー。

 川上未映子に最初に小説を書かせたのは早稲田文学編集部だと思うので、この機に乗じて押せるとこまで川上未映子で押していってほしい。なりふり構わず復刊していただきたい。
(文芸誌「早稲田文学」は数年前から休刊中。去年“復刊準備0号”が出て、復刊1号は今春にお目見えするというが、春って長いからなあ)

 しかし私がどうこう言うまでもなく、フリーペーパー「WB」は、とっくにその姿勢だったので頼もしい。
 こないだもらってきたvol.11には、連載「川上未映子の対談だぜ!!」第2回が掲載されている。タイトルまんまの対談企画で、相手は榎本俊二だった。ちなみに第1回は若島正。
川上 […]『ムーたち』完結、おめでとうございます(笑)。一巻が出たとき、放送作家の友達が「絶対未映子好きやわあ」ってくれたの。ちょうど『わたくし率イン歯ー、または世界』の一校が終わったときだったんですが、ぱっとひらいたら第一話の題が「私率」で、「わあ!」って。
榎本 「おんなじ言葉使ってるじゃん」って?》

 この符合、去年の夏から何度も何度も『ムーたち』を読んでいながら、私はぜんぜん気付かなかった。もう一箇所だけ引用。
川上 […]子どものころにロボコンの中にいちど入ってまた出たときに発見があったんですよ。入っているうちは、外にいる母親の目にはロボコンしか映ってないでしょう? でも中にはわたしが入っているのに。それで焦って出たら、「ロボコンからは出られたけど、わたしはここから出られへん」って、体があることに気がついて、発狂しそうになったの。「出れない出れない出れない、脱ぐとこがもうない!」って。
榎本 いくつのときですか?
川上 八歳、小二のころです。[…]》

 難儀すぎる。思えば「感じる専門家」も「わたくし率」も、あれだけ「私」について語りながら、微塵も自分語りにならない、なる気配すらない、というところにいちばんの爽快さがあったのだった。ほんとの難儀は自分語りと無縁、って、書いてみたら当り前だった。「乳と卵」は本になったら読む。

 で、今日は『ムーたち』のことを書こうと思ったんだけど、まとまらないのでまた今度。「WB」の入手場所はこちら。

wb_vol011

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