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「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その81

[前回…]

 やっぱり、『第二之書』についてもう1回。

 私が読んでる岩波文庫の『第二之書 パンタグリュエル物語』には、訳者・渡辺一夫の「後書」が四つ付いている。あとがきを「後書」と漢字で書くことからして今や珍しい、などと思っていると、次第に不意を打たれることになる。「次第に不意を打たれる」って変な言い方だけれども、そうとしか言いようがない。今日はこの後書の話。
 渡辺一夫は1943年に訳稿を仕上げ、「後書」をつけて出版社(白水社)に渡した。そこには、この『第二之書』の翻訳が、『第一之書』よりも《やや見苦しからぬものであってほしいと、それのみを心から祈っている。》との「祈願」が書きつけられている。
 しかし、この後書だけのついた『第二之書』は、実際には世に出ていない。1945年の春になってようやく出来あがった『第二之書』は、空襲で燃えてしまったからである。戦後、あらためて“復興版”を出すにあたり、渡辺一夫はあたらしい後書を書き足した。上の経緯はそこに書かれている。
 だから『第二之書』には、はじめて店頭に並んだときからすでに、終戦をまたいだ、日付の異なるふたつの後書がついていた、ということになる。岩波文庫版には、先の後書が「第一後書」、あとのものが「第二後書」として、そのまま収録されている。
(「第三後書」は改版の際に、「第四後書」は岩波文庫に入るときに、それぞれ追加された)

 で、この「第二後書」が、なんだかすごいのである。
《[…]もうその時分になると、毎日のように東京はB29の爆撃に見舞われるようになっていたし、焼野原は徐々に拡大して行った。そして、何回目かの大爆撃で、製本完了の『第二之書』は美しい灰になってしまった。私は、その時、残念とは思わずに、「出る筈のないものはやはり出ないし、用のないものはやはり棄てられる」というような妙な感慨を抱いた。これはひがみに近い感情ではなく、一種の諦観であった。》

 どこまでも謙虚であるように見えながら、ついこちらから「ごめんなさい」と言わずにいられなくなるような気圧を感じる。この感想もおかしいが、これから先がいよいよすごい。
《[…]昭和二十一年(一九四六年)の現在、本書が果して「出るべきもの」かどうか、「用があるもの」かどうか、全く自信はない。旧「後書」に記した祈願が、当時全くの祈願であったと同じく、現在も全くの祈願である。そして、祈願とは、一種の不在証明[アリバイ]に外ならない。戦時中、拙い訳書をして祖国の何物かのためにあらしめたいと希った私は、戦争をしてこの何物かの育成確立のためのものであらしめたいと念願したし、現在この復興版をして、この何物かのために同じくあらしめたいと祈願する。しかし、この何物かは、常に祖国に対して背を向けているように思えてならない。祈願のみが依然として続く所以である。 (一九四六年[昭和二十一年]三月三日)

 何がすごいと言って、何度読んでも、何のことを言っているのかぜんぜんわからない。それでいて、この静かな迫力はなんだろう。この人にして、この状況においてのみ書きえた名文だと思う。“静かな迫力”以上に何ごとかを(何だかはわからないまま)雄弁に語るものはなく、こういう文章こそ教科書に載せるべきじゃないかと発作的に思ったが、まず検定は通るまい。いろんな意味で。
 そしておそらく、100%の推測でありつつ100%の確信をもって言えるのは、上の文章を名文などといったら渡辺一夫自身はめちゃくちゃ怒るだろうということで、この人が苦心してひねり出したのは、ただ“変体フランス語”で喋る学生であり、パニュルジュ初登場シーンのマルチリンガルぶりであり、Erotica verba であり、「その臭い風のなかから、五万三千人の不恰好の矮人が生れ出た」であり、戦いを前にしたパンタグリュエルの祈りと神からの返事であり、そして、パンタグリュエルの口内の世界だったと思うほど、私はこの仏文学者に対して底知れない気持を覚える。

 ここまできて、似たような話を前にもいちど書いていたのに気付いたその14。あのときもいまも、このようなことは「ガルガンチュワとパンタグリュエル」とは一切関係がないと考える一方、私はこの翻訳でもってじかにラブレーに触れているのだから(間接的に、とは思わない)、その訳者による後書だって「ガルガンチュワとパンタグリュエル」の一部である。そうでないはずがない。

 こういった軽薄な思い入れを解毒するためには、やっぱり『第三之書』以降の実物をだらだらと読んでいくほかないと思われる、2007年の暮れだった。

(続く)
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