趣味は引用
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
その5 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 ヒレリアスの百面相治療はこんなものらしい。
He claimed to have once cured a case of hysterical blindness with his number 37, the“Fu-Manchu”(many of the face having like German symphonies both a number and nickname), which involved slanting the eyes up with the index fingers, enlarging the nostiles with the middle fingers, pulling the mouth wide with the pinkies and protruding the tongue. (p9)

《彼はかつてヒステリー性盲目症を第三十七番〈フー・マンチュー〉の顔(彼の百面相の多くはドイツの交響曲のように番号と通称がついている)をして治したことがあるという。それは両手の人差指で目尻を吊りあげ、中指で鼻孔を開き、小指で口を左右に大きく引っぱり、舌を突き出すという顔である。》p19/p21

 指示に従って、この顔を作ってみた。童心に返れるのでおすすめしたい。
 手は使わないにしろ、こういう人のキメの顔がこんな感じだろうか。いま失礼なことを書いた気がする。何の関係もないがこの人もすごいと思った。子供には出せない味である→いちおう元ページ

 幻覚に囚われること、そのせいで自分が自分でなくなることを、エディパはひどくおそれている。そこには、「すでに自分は幻覚のなかにいるのではないか?」という疑問形のおそれも含まれている、と思う。答えを知るのがいちばん怖いのだ。だから自分を保つため、他人に(それもこんな医者に)依存してしまうという逆転が起こる。「治療中」である限り、自分を宙吊りの未決定状態においておけるからだ。
 しかし、「幻覚に囚われたくない」という思いもまた強迫観念になって彼女を縛りうるのだから、じつはすでに逃げ場はなくなっているのかもしれない。いま大事なことを書いた気がする。

 例の通知によれば、ピアスがエディパの名前を遺言執行人として書類に書き入れたのは1年前だという(それから半年たった春に彼は死んだ)。
 そのころのことを思い出そうにも、平々凡々な生活の毎日はどの日もどの日も似たものばかり、《厚い一組のトランプの札のような日々》だったことにエディパは気付く。事件や事故が一切なくても、まさにその「何もなかった」という気付きが、これはこれで静かに怖い。郊外の主婦は危険である。

 要するに、ヒレリアスの電話はただの迷惑電話だった。しかしエディパは、フー・マンチューの顔があたまを離れず眠れない。
 翌朝、睡眠不足でメイクの乗りもいまいちなのだが、それでも彼女は弁護士のところへ出かけて行く。がんばれ主人公。

…続き
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。