趣味は引用
「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その72

[前回…]

 そういえば先週の土曜日、ひさしぶりに会った友達数人と都合10時間くらい喋り通しに喋っていたら、日曜日は夕方5時まで眠ってしまった。疲れたらしい。かつてはあんなのが日課のようなものだったと思うと、何か果てしない気持になるのだった。

 そんな感慨とは無関係に、“パンタグリュエル vs 人狼”が寸止めになっていた。向かってくる人狼[ルウ・ガルウ]が手にしている鋼鉄製の棍棒は二千七百貫半も重量があるもので、《先のほうに金剛石の粒が十三もついて居り、そのなかで一番小さいのでも、パリはノートルダム大聖堂の一番大きな釣鐘と同じくらいの大きさだった》。
 今度ばかりは強敵なのである。そこでパンタグリュエルが何をしたかというと、まず天を仰ぎ、誠心誠意、神に祈った。
《――常に我が身を護り我が身を孚[はぐく]み給う天にまします神よ、御覧の通り私は、今やこのような危難に陥って居ります。私がこの地にまいりましたのも、自然の熱情に動かされたに外なりませぬし、み掟に背いて神慮を煩わさぬ限り、自らを、妻子を、国家を、また一族を守護防衛いたすを、我ら人間にお許しくだされましたからでございます。そもそも神のみ業に関する重大事におきましては、[…]》第29章 p207

 大一番を前にして、神に祈りと誓いをあげる。なんだか、中学校の国語で習った那須与一の話みたいである(平家物語から、「扇の的」)。あれはたしか、
「南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくはあの扇の真中射させてたばせ給え。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人にふたたび面を向かうべからず。いま一度本国へ迎へんと思し召さば、この矢はづさせ給うな[…]」
 ――とかなんとか続くのだったが、こうやっていまでも出てくるのだから、あきれるのは14歳の記憶力である。もっと有効活用できなかったものかと思う一方、ある友達は、幼時の記憶力を“魚偏の漢字を憶える”のに費やしたと言っていたし、あれはもともと有効には使えないことになっているのかもしれない。で、そんなことを考えているあいだにも、パンタグリュエルの祈りは続いていた。
《[…]今もし御加護を垂れ給わば、この無可有郷[ユトピー]国はもとより、今後私の権力威光の行なわれます他の国々のあらゆる地域に亙り、神の尊き御福音[みことば]を正しく、ただそれのみを、全き姿に布教いたし、他事を顧みぬ覚悟、ひいては、はかなき人智の捏造せる戒律や邪なる虚構事[つくりごと]を以って世を毒せし数多の偽信者偽予言者どもの悪業を、私の周囲より滅し尽すことを固く誓約仕ります。》

 さっきまで進撃のあいまに酒宴を開いていたというか、むしろ酒宴のあいまに進撃していたのと同一人物にはとても見えない真摯な誓いであるが、このへんを斜め読みしていた私が思わず文庫本を鷲掴みにするほどすごいと驚いたのは、上の引用の次に続く行だった。
《この時、天の一角より、“Hoc fac et vinces.” 即ち、「しかくなせ。さらば汝は勝利を得む」という声が聞えてきた。》

 返事まで来たよ! この物語では、これまで「60万匹の犬」だの「矮人族を生むオナラ」だの「敵兵を溺死させる大放尿」だの、およそ何でも現れていたわけだけれども、ここに至って、いよいよ神の声まで降臨するのである。それとこれとを一緒にしていいのかといえば、断固、一緒である。
 ここでほとんど勝敗は決しているのだが、そうとは知らない人狼は、悪鬼のごとく口を開いて迫ってきた。
《[…]パンタグリュエルは、大声を張りあげて、「くたばれ、破落戸[ごろつき]め、くたばってしまえ」と叫びかけたが、ラケダイモン人たちの軍略通りに、この恐ろしい喚声によって敵を脅そうとしたのである。それから、腰帯にさげていた樽のなかから十八斗と半升ほども塩を摑み出して、これを投げつけ、相手の喉や口はもとより、鼻や眼にもぎっしり詰めこんでしまった。》p208

 神意まで得ておきながら、意外とせこいパンタグリュエルだった。

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