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「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その65

[前回…]

 風邪はほぼ完治。バンヴィル『コペルニクス博士』の続き。
 ニコラス・コペルニクスには出来の悪い兄がいて、子供時代からずっと弟をいじめる。その兄に、冒頭近くでこういう発言があった。
《「おい、トルコ人がこっちに向かってくるぜ。南に攻め込んだんだ」ニコラスは青くなった。アンドレアスはにやりとした。「ああ、本当だ、信じろよ。怖いのか? どんなことをしても勝てっこないさ。捕まったら串刺しにされるんだとさ。大きな尖った串をお尻から刺すんだ――こんな風に! グサッ!」》p16

 ここを読んだ私は、『パンタグリュエル物語』で、トルコ人に捕まったパニュルジュが、まさにお尻からグサッと串刺しにされて焼かれていた場面を思い出した(→その56)。
 あそこを読んでいたときには、単純に「パニュルジュはこんなにひどいことをされた」の例として流してしまったが、ラブレーから450年くらいあとのバンヴィルの小説にも出てくるのだから、「トルコ人」といえば「捕まえた人間を串刺し」という定式がある、ということだろうか。初耳だった。本当なのだろうか。
 しかし、まず、この考え方はズレている。じつは読み終えるまでピンとこなかったのだけど、『コペルニクス博士』の主人公であるコペルニクスは1473年生まれの1543年没、「ガルガンチュワとパンタグリュエル」が発表されたのは1532年から1564年にかけてだから、コペルニクス博士は、ラブレーやパンタグリュエルたちとほとんど同年代なのである。だからこう言うべきだった。

 バンヴィルが虚構の舞台として設定した16世紀の前半を、ラブレーは実際に生きていた。

 この一致に私は何かびっくりする。いや、もちろん、歴史上の事実なんだから一致するのは当たり前なんだけど、私の読んでいる本のうえで重なったことに驚いたというか。
 それで「トルコ人と串刺し」問題だが、これはコペルニクスにはトラウマになって後年までつきまとうほど恐ろしいものだった。
《ニコラス聖堂参事会員は早足で歩廊を歩いていき、時折暗闇の中で法衣を踏みつけては、低く柔らかい呻き声を洩らした。ずっと前から、彼の頭には強迫的な観念があった。トルコ人に捕まったら串刺しにされる! トルコ人に捕まったら串刺しにされる!p144

 なにゆえそんな伝説が。きっかけになった史実でもあるのか。
 そこできわめて安易に「トルコ人 串刺し」でググってみると、たくさんヒットするのは、それこそ串刺しで有名になった“グラド・ツェペシ”なる人物についての情報だった。

 串刺し公ヴラド・ツェペシ
 http://www.interq.or.jp/saturn/mugenten/sinwa/van/vlad.html

 中世の血塗られた史実
 http://members.jcom.home.ne.jp/0350371001/works/works_4_d.html

 しかしこの人は、トルコ人に串刺しにされたのではなく、トルコ兵を串刺しにしたルーマニア人だという。この恐ろしい人物がドラキュラの遠いモデルと考えられたり考えられなかったりするらしいことも知ったが、この際は関係がない。
 トルコ人が捕まえた奴を串刺しにする、なんていう通説はどこから生まれたのか。ほんとに通説なのか。
 ――と、ここまで来てようやく私は気がついた。「あ、シシカバブ」。

 なぜ最初に思いつかなかったのか。初耳でもなんでもない。2日くらい考え込んでしまった。それはシシカバブを食べたことがないからだ、ということにしておきたい(→いちおう)。串刺し公なんてまわり道以外の何ものでもなかった。

 このように、あらゆることに時間がかかるので、この「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる日記も、第2巻に入ってから3ヶ月経つというのになかなか終わりが見えないのだった。

 バンヴィルは、『コペルニクス博士』に続いて『ケプラーの憂鬱』(1981)なる長篇も書いている。こっちも積んでいたので読んでみた。ケプラー博士は(世俗的には)ひどく不遇に描かれ、当然クライマックスになるものと予想していた大発見があんまり華麗にスルーされるので泣ける。バンヴィルの「暗く書く」腕は相当のものだ。読者の共感など鼻も引っかけない。
 コペルニクス→ケプラーときて、さらにニュートンを扱った未訳のThe Newton Letter (1982)というのもあり、あわせて“科学者3部作”を成すという。やたら評判の高い『海に帰る日』は年末にでも読みたい。

ケプラーの憂鬱 (プラネタリー・クラシクス)ケプラーの憂鬱 (プラネタリー・クラシクス)
(1991/10)
高橋 和久、小熊 令子 他

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2007/11/07(水) 00:44:27 | | #[ 編集]
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