趣味は引用
「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その60

[前回…]

 佐藤亜紀+岡崎淳子共訳のジョン・バンヴィル『バーチウッド』を読みはじめる。「佐藤亜紀の新作だよ」と言われたら納得しかねない。あらためて変な作家だなあ、と、そんなことばかり考える。

 豪井物成[トーマスト]との身振り討論に勝利したことで名をあげたパニュルジュは、天狗になって、パリの町でいちばんの美女を落としてやろうと企てる。といっても作戦は特になく、直接口説きに行くだけだった。
《――奥方様、あなた様が我が種族の胤を受けられることは、国家全体にとっては極めて有益であり、あなた様にとっては楽しく、御家門にとっては相応しく、私にとっては必要なことです。左様お信じなされい。実地に御体験あれば納得なれましょう。》第21章 p160

 「口説く」ってこういうことだっただろうか。とはいえ相手も負けてはいない。
《 貴婦人は、これを聞いて、百里以上もパニュルジュを推し離して、こう言った。
 ――何と無体な痴者、かようなことを仰しゃってよろしいのでござりまするか? わたくしを誰と思し召す? さあ、二度と再び目通りは許しませぬぞよ。少しでもこれに背くならば、その腕も脚も切らせてしまいまするぞ。》

 それでもパニュルジュは貴婦人の美貌をほめたたえ、教会までついていったり、金で釣ろうとしたり、しつこく強引に彼女へ言い寄る。押すパニュルジュ、はねつける貴婦人。豪井物成[トーマスト]とのジェスチャー合戦より、よほど「闘い」という気がする。むしろこのようなやりとりをジェスチャーで見たいと思った。まあ、ジェスチャーだったら、パニュルジュが貴婦人に浴びせかける言葉の数かずは“見えない”のだが。それはたとえばこのような言葉である。

「ぎっこんばったん機織遊び」
「木曜太郎先生がお相手の謝肉祭踊り」
「浅襞襀[ひだ]深襞襀を探り当て、摩羅罠に潜むちょびちょびした瘡の芽も見事見つけ出し」
「源蔵殿赤問討入り」
「梟太郎先生が一夜の宿をと申して居ります」

 こういう凝った訳語には、いつも訳註で同じ指摘が付されることになっている。いわく、

 Erotica verba.

 何語なのかもわからないが、しかし、いったいこれはエロいのか。『第一之書』を読んでいたときからの疑問である。エロいエロくないの関係ない、ただ“性に関する”、というのともちがった別種の世界をこれらの言葉は生み出している気がする。
 そんなErotica verba (←ちょっと気に入った)ばかり言っていたせいで、とうとう貴婦人は決定的に機嫌を悪くしてしまい、パニュルジュも逆切れして復讐を試みる。なんだかあんまり無茶なので、その手順をメモ。

(1) さかりのついた牝犬にたらふくものを食べさせてから殺す
(2) その子宮を取り出して擦り潰し、粉にする
(3) 御聖体の大祝日(というお祭があるらしい)にやってきた貴婦人の隙を見て、さっきの粉をドレスに振りかける

 その効果は絶大だった。
《教会内にいたあらゆる牡犬どもが、振りかけられた例の薬物の匂いを嗅ぎつけて、貴婦人めがけて馳せよってきた。小さいのも大きいのも、太ったのも瘠せたのも、皆集まってきて、赤いものを出し、貴婦人をくんくん嗅ぎながら、いたるところに小便をひっかけた。これぞ正に言語道断な醜怪事と相成った。
[…]これらの怪しからぬ犬どもは、例の貴婦人の衣裳のあらゆるところに尿を垂れ流したあげくのはて、一匹の大きな兎狩犬は頭に[小便をひっかけ、後から襟首に尻をこすりつけ、]外の数匹は袖に、他の何頭かは腰に小便をひっかけるしまつ。ちびっこの犬も靴へ尿をかけたので、附近にいた婦人達は全部、この貴婦人を助け出そうと大騒ぎになった。》第22章 pp169-70

 パニュルジュはこれを見て大笑い、溜飲を下げて、自分の主君にも見せようと考える。呼ばれてやって来たパンタグリュエルは
《非常に面白く斬新だと思った。》

 私はこういうの、これまでにもずいぶん見た気がするな。これとか(→その16)。
 60万匹を越える犬にまとわりつかれた貴婦人が、ほうほうのていで自分の邸に逃げ込むと、あらゆる犬がじゃあじゃあ放尿したせいで川ができ、その流れで水車が粉を挽けるほどだったという。

 ええと、さて、『第一之書 ガルガンチュワ物語』は、前半の“馬鹿話”から後半は“馬鹿話プラス戦争”になっていったのだったが、目次の章題を見てみると、この『第二之書』も、下品話のスケールを拡大していくだけではなく、そろそろ戦争がプラスされてくるらしい。どうなることやら。

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