2007/10/08

内田樹『村上春樹にご用心』(2007)

村上春樹にご用心
アルテスパブリッシング


 内田樹がだいぶ前から予告していた、村上春樹論。
 私は、「若島正がほめていた」という、ただそれだけの理由で『「おじさん」的思考』を読んだ人間なのだが、ほんとにおどろいたのは、続刊『期間限定の思想』に収録の、村上春樹について書かれた文章にぶつかったときだった。
 村上春樹の小説には、毎回、謎めいた人物が現れ、謎めいたメッセージを残して去る。それらのメッセージは、何を意味するのか。その謎を解こうとする文章はずいぶん読んだ気がするが、内田樹の見ているレベルは、ほかの誰ともちがっていた。この人は、「それらのメッセージは無意味である」ときっぱり断言したのである。それから「無意味なものには意味がない」、と念を押したうえで、無意味なメッセージを持ち込むことにより村上作品が繰り返し語っているのは――と結論まで一息で言いきってみせるやり方は、この人自身がよく言うところの、「問いの次数をひとつ上げる」手法を鮮やかに実演したものだった。

 そんな人の手になる1冊ぶんの論集では、いったいどれくらいの未知なる洞察が詰め込まれているのか。そう期待してページをめくったところ、これは今までブログその他で書いてきた、村上春樹に関する文章をまとめた本だとわかり、いったん拍子抜けした。たしかに、書き下ろしができるほど時間に余裕のある人ではないのだろう。
 が、気を取り直して読みはじめてみれば、いちど読んで面白かったものは2度読んでも面白いので(上で紹介した文章も再録されている)、これはやっぱり面白い。

 村上春樹が「世界中で読まれている」というのは事実である。しかし、「ではなぜ、世界中で読まれているのか」を考えた人は、専業批評家のなかにはほとんどいない。全然いない、という気さえする。それではファンを代表して私がその問いに答えてみよう――
 これが内田樹のスタンスであり、すべての文章は、“村上春樹を全的に称揚する”ために書かれている。そこで俎上にあがる村上作品は、たしかに私が読んだのと同じものなのに、展開される考察はぜんぜん思いもよらなかった筋道をたどり、そのくせ、読後には「自分もそんなことを考えていたのかもしれない」と錯覚までさせてくれる。
 たとえば『羊をめぐる冒険』の冒頭、「ドアーズとストーンズとバーズとディープ・パープルとムーディーブルース」といった固有名詞が列挙されるくだりを取り上げて、内田樹は鼻息も荒く、これらのバンド名の配列がこの順番でなければならない理由、ほかの並べ方はありえない理由を述べたてる。でもそれが通じる相手って、と私が思った瞬間、次の行はこう続く。
《つまり、ここで村上春樹が行なっているのは、「同世代記憶の確認」ではない。
 だって、同世代記憶の確認作業をして、同世代だけをスクリーニングしたら、村上春樹と同世代ではないすべての読者はそこから排除されてしまうからである。世界文学をめざず作家がそのような排他的な書き方をするはずがない。
 そうではなくて、ここで行なわれているのは「同世代的記憶を確認するふりをすることで模造記憶を共有するという、僕たちみんなが、時代も国境も越えて、世界じゅうどこでもやっている、共同体構築のためのあのひたむきな努力に僕は一票を投じるけれど、君はどうする?」というコールサインなのである。》p89 太字にしたのは引用者

 私は爆笑した。そして素晴らしいと思った。向こうの繰り出すレトリックにからめとられ、言葉巧みに説得されていく快感(まちがいなくそこに快感はある)を存分に堪能した。「説得されていく」が傍から見れば「騙されていく」であっても、当人(私)の気持よさは変わらない。
 いま引用した文章は、タイトルを「太宰治と村上春樹」といって、この2人の書きものから“文章の倍音”なる概念を引き出して論じている。それによって、村上春樹および太宰治の読者には、どうして「自分こそがいちばんの愛読者」と信じるフォロワーが多いのかという、私も以前から不思議に思っていた疑問に回答をもらえたように感じた。これはおそらく、内田樹も「自分こそが」と考えているからできる分析だと思う。

 もうひとつ格別に面白く読めたものとして、「『激しく欠けているもの』について」という論考がある。そこで内田樹は、『羊をめぐる冒険』発表の直後(25年前!)に書かれた加藤典洋の評論を詳しく点検し、この長篇の特質に対してなされた加藤による指摘の特質を指摘していくという、一見、ひどくまわりくどい方法でもって、今日の村上春樹がかちえた人気を説明するための最短ルートを示している。最後の一段落には、爆笑ではなく、鳥肌が立った。

 一本の大論文ではない功徳として、内田樹が村上作品に見ている大テーマは、時には軽い口調で、時には思わせぶりに、何度も繰り返して語られる。この人にとっては前提で、私には意外だったのは、数ある村上作品を総体として取り扱い、「ひとつの宇宙論」として読んでいく受け取り方である。
 そのような高みに立てば、たとえば私の、「単体として読んだとき、『海辺のカフカ』や『アフターダーク』は面白い小説なんだろうか」という声は届かなくなってしまう。私はまだそこまで達観できないけれども、本書『村上春樹にご用心』は、偏愛に駆動されたときに人の批評能力は最も冴えるのじゃないかと思わせてくれる、ありがたい本だった。ピース。

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2002年度版このミス10 1位。 2001年文春ミステリーベスト10 1位。 第55回毎日出版文化賞特別賞第5回司馬遼太郎賞2001年芸術選奨文部科学大臣賞「火車」「理由はいらない」とならぶ、宮部氏の代表作。個人的には、この三作品のなかで、一番好きな作品である。若い女性を狙