趣味は引用
「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その56

[前回…]

 新登場のパニュルジュは、トルコ人に捕まっていたのを命からがら逃げ出してきたという。その顛末をパンタグリュエルたちに向かって嘘いつわりなく述べたのが第14章。
《トルコの田吾作野郎どものために、私は、まるで兎のように、脂肉まで添えられて串に刺されてしまいましたが》、というところからスタートする話のてんやわんや具合は、たしかに見どころ満載である。
 生きたまま火にかけられて、半分くらい焼けかかっていたパニュルジュが神様に助けを求めていると、祈りが通じたのか、焼肉番の男がとろとろ眠ってしまう。
 そこでパニュルジュは、燃木を歯で咥えて放り投げ、トルコ人の野営地に大火事を起こす。さすがに目を覚ました焼肉番が、パニュルジュを縛っていた綱をほどき、串から外して火中に投じようとしたところに上司である奉行[パシャ]が駆け込んできて、怒りのあまり、焼肉番のほうを殺す。
《その仔細はと申すに、奴めは、臍の少し上のところの右の胴腹にぐさりと鉄串を突き通され、肝臓第三葉部を貫かれましたが、更に上へぐっと突かれて、横隔膜に孔を開けられ、鉄串は、心臓の心嚢膜を通って、脊椎骨と左部肩胛骨の間の辺、肩の上へにょきりと突き出てしまったのでございますよ。》第14章 p112

 因果応報なのかどうか知らないが、一方のパニュルジュは、串から落っこちたものの、体に脂肉を巻きつけられていたおかげでダメージはなかった。そうこうしているうちにも火は燃え広がって奉行は大狂乱、いっそ自殺しようと思ってさっきの鉄串を今度は自分の心臓に突き立てようとする。
《そこで私は奴さんのところへ行って、こう申しました。
 「豚痴奇さん、そんなことをしていては、時間が無駄ですぜ。それじゃ、金輪際死ねませんからねえ。傷ぐらいなら、うまく附きましょうがね、しかし、それがもとで一生涯外科医の手にかかって苦しみますぜ。だが、もしよかったら、あたしが、今綺麗さっぱりと殺してあげましょうか。ちくりとも痛くないようにしてあげますぜ。これには腕に覚えがありますな。何しろ、あたしは何人も人を殺しましたが、お蔭様で相手は皆極楽往生してますとさ」と。
 「ああ、お願いじゃ!(と奴さんはぬかしましたな。)なあ、そうしてくれれば、わしの財布はさしあげるわい。[…]」》p113

 かくて奉行を首尾よく虐殺し、自分も半焦げのまま街道まで逃げ出すと、集まってきた人びとが水をかけてくれたので《非常に気持がよくなりました》。しかも串に刺されて焼かれていたために、持病だった坐骨神経痛がすっかり治ったのだそうである。
 そのあいだにも火事は大きくなって、二千軒以上の家屋に燃えうつり、全市をさながらソドムとゴモラのように焼いてしまう。これを丘の上から眺めやり、歓喜のあまり脱糞しながら快哉を叫んでいると、千三百十一頭以上もの犬が町からわんわんきゃんきゃん逃げてきて、こんがり焼けたパニュルジュの肉のにおいを嗅ぎつけ駆け寄ってくる。大ピンチ! だがパニュルジュはひらめいて、体についていた脂肉を犬の群に放り込む。途端に犬はそちらへ殺到し、パニュルジュそっちのけで格闘をはじめた。危機一髪。
《[…]こうやって元気よくぴんぴんと、危難を逃れ出たしだいでございますが、いやさ全く、焼肉料理万々歳でございますよ。》p117

 どうだろう、これ。引用した部分、太字にした部分、とりわけ脂肉をめぐる部分を見るにつけ、このすがすがしいほどのでたらめには、でたらめだからこそ実現しうる力強いスジがいっぽん通っているのをひしひしと感じるし、それこそパニュルジュを突き通していた鉄串のように本章をまっすぐ貫いているこのでたらめのスジのことを、虚構作品のリアリズムというんじゃないかとちょっと感動したのだった。いやさ全く、焼肉料理万々歳でございますよ。
 逃げてきた犬の数、「千三百十一頭以上」の「一」もいかしていると思う。

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