2007/07/19

《大阪弁はいったい大阪以外の所で何を生むというのだろうか》


 サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を翻訳した村上春樹は、この作家のほかの作品では、『ナイン・ストーリーズ』を訳したい、あと、『フラニーとゾーイー』を関西弁で訳したい、旨の発言をしている。たとえばこちら、白水社のサイトで読める柴田元幸との対談、最後のページのさらにいちばん最後。
(上の対談のロングバージョン、文春新書の『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』だと、この話題は44ページに出てくる)

 関西生まれじゃない私には、言わんとするところがいまひとつよくわからなかったのだが、川上未映子の『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(ヒヨコ舎)を読んでいたら、まさにその“関西弁バージョン”があり、「いまひとつよくわからない」状態から一撃で、なんだろう、崖から落ちるみたいに「よくわかった」、気がした。引用する。

《 たとえばレストランでイライラしながらスノッブな彼氏に向かってフラニー、
「ちゃうねん。張り合うのが怖いんじゃなくて、その反対やねん、判らんかなあ。むしろ、張り合ってしまいそうなんが、怖いねん。それが演劇部辞めた理由やねん。私がすごくみんなに認めてもらいたがる人間で、誉めてもらうんが好きで、ちやほやされるのが好き、そんな人間やったとして、そやからって、それでいいってことにはならんやんか。そこが恥ずかしいねん。そこが厭やねん。完全な無名人になる覚悟がないのが自分で厭になったんよ。私も、ほかのみんなも、内心は何かでヒット飛ばしたいって思ってるやろ。そこがめっさ厭やねん」 

 例えば居間の床に寝転んで引き篭もりのフラニーに向かってゾーイー、
「そやけど俺の気に入らんのはな、こんなもんシーモアもバディも気に入るわけないけどな、さっきゆうてたやつらの話するときのお前の喋り方や。つまりな、あいつらが象徴してるもんを軽蔑するんやったら判るけど、お前はあいつらそのものまで軽蔑しとんのじゃ。個人的過ぎるんじゃ。フラニー、ほんまやで。たとえば教師のタッパーの話した時もやな、お前の目普通ちゃうで。人殺すときみたいにぎらぎらしすぎや。光りすぎや。あいつが教室に来る前にトイレ行って髪の毛わざとばさばさのぼさぼさにしてくるゆうあの話。そら全部お前がゆうたとおり間違いないと思うけどさ、でもそんなもんお前に関係なくないか? あいつが自分の髪の毛をどうしたこうしたってええやんけ、あいつなにを気取ってんねん、ププ、ダサイやつやなー思てたら済む話やんけ。悲壮美なんですねーゆうてそんなもんいちいち演出しなあかんほど自信ないんやなあゆうて、同情したったらええんとちやうの。そやのにお前は、ええか、これだけはゆうとくけどおちょくってるんやないで。お前が喋ってんの聞いとったら、あいつの髪の毛自体が、なんかお前の仇みたいになってて、それはちゃうやろ。んでお前がそれをわかってるっちゅうのがもっと気に入らんわ。あんな、フラニーな、制度を相手に戦争でもおっぱじめたろかゆうんやったら、頭ええ女の子らしい鉄砲の撃ち方を、せえや。敵はそっちやろうが。あいつの髪の毛がどないしたとか、ネクタイがどうしたとか、んなもん関係ないやろうが」》pp198-201


『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』は、日記「純粋悲性批判」の抜粋編集版というかたちになっており、上の文章(「フラニーとゾーイーでんがな」)もウェブ上で読むことができる。これ(→2006.05.19)。
 って、いま見たら、日記で“関西弁バージョン”の前に付いているあれやこれやが、書籍版ではずいぶん変わっている。引用部分も細かく字句訂正がされていた。私が3ケ月かけてちびちび読んだ書籍版に入っている文章は、あまさずウェブでも読めるんだろうが、ウェブでしか読めないものもやっぱりあるんだろうか。てか、いまどき「ウェブ」って書き方もどうなのか。ひとまずこれだけ貼っておきたい。

 「黄金の雨の中おしっこを漏らす大人」(2006.06.19)

 後半、《とはゆうても戦いにはやっぱ男の父親が勝つわけであって、》からの話の戻り方に、それこそ、かの角材が描いた見事な弧を見るような気がして、ほかにそんなジャンルの文章を読んだおぼえは一切ないが、「自分はなにゆえジャッキー・チェンの映画が苦手か」を競うコンテストがあったら、川上未映子はそちらでも最終選考まで残るのじゃないかと思うのだった。



そら頭はでかいです、世界がすこんと入りますそら頭はでかいです、世界がすこんと入ります
(2006/11)
川上 未映子

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フラニーとゾーイー フラニーとゾーイー
サリンジャー、野崎 孝 他 (1976/04)
新潮社

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コメント

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川上未映子

川上未映子は素晴らしいですね。
本当に。
そら頭~は、自分にとって一生ぱらぱらめくって読みつづける本です。
今回は受賞残念でしたが、
とにかく今最も注目すべき作家だと思っています。
嬉しくなってコメントしました。
失礼します。

こんにちは

「あと数年もすれば、“川上未映子の長篇”も読めるのじゃないか」
と思いつき、それはいったいどんなだろうと期待が膨らんでいきます。
勝手です。