趣味は引用
パワーズ『囚人のジレンマ』 3/3
囚人のジレンマ

前回…

 ここまで書いてきて、いま、『三人の農夫』と一緒に刊行されたガイド本『パワーズ・ブック』を読み直したら、ジェイムズ・ハートという人が書いたもののなかに、『囚人のジレンマ』の構成をかなり詳しく考えている部分があった。たいへん面白いのだが、当然ながら終盤の展開にも触れているので、先に読むのはすすめられない。
 逆にすすめたいのは2本の映画で、ディズニーの「ファンタジア」と、フランク・キャプラの「素晴らしき哉、人生!」は見ておいたほうがいい。特に後者。『囚人のジレンマ』の謎めいたエピグラフのひとつはこの映画から採られているから、見たことがある人も、もういちど見ておくといいと思う。こういうきっかけでもなければ、このようなタイトルの映画にはなかなか手が伸びないので、私は『囚人のジレンマ』を読んでいる途中でTSUTAYAへ借りに行った。そして見てびっくりした。
 書いてしまうと、これは「ひとりの人間は、ちゃんと外の世界に影響を持ちうる」という映画で、たしかにパワーズは、この映画の精神を小説化しているのである。
 この1946年の映画をアップデートするにあたってパワーズは、ウォルト・ディズニーに盗用を指示する。戦時中、映画産業が滞っているあいだ、ディズニーは「きみが戦争だ」のために、まだ脚本しかなかった「素晴らしき哉、人生!」をパクるのである。
真の死、世界規模の殺戮、国境や経済や勢力分布やイデオロギーのための虐殺、えんえん積もり積もった国家間の諍いから成る漂礫土、そうした血まみれの混沌はことごとく消え去るはずだ――と分別をかなぐり捨てて予告篇は主張する――もしわれわれが一人の人間の物語をきちんと語り、個別の事例を十分に、切実に、誠実に伝えることができるなら。この人物が絶えず望んでいたのはひたすら善なる意志とともに進みその収穫を手伝うことだったと示せるなら。どうしてそこから争いなど生まれえよう?》「一九四三年」 p257

 言っていることは似ていて、たぶん本質的にはちがうのかもしれないのだが、私はここにどうしても、カート・ヴォネガットの『チャンピオンたちの朝食』(1973)を並べてみたくなる。
《わたしはストーリーテリングを避けようと決意した。人生について書こう。どの人物にも、ほかの人物と全く同じ重要性を与えよう。どの事実にも同じ重みを持たせよう。なに一つなおざりにはすまい。ほかの作家たちには、混沌のなかに秩序を持ちこませておけ。わたしは逆に、秩序の中へ混沌を持ちこもう。自分ではそうしたと思う。》
(浅倉久志訳)

「きみは戦争だ」の予告篇が《分別をかなぐり捨てて》いるように、「素晴らしき哉、人生!」をハッピーエンドに導くのがほとんど半狂乱の執念であるように、ヴォネガットもここで狂気の沙汰を書きつけた。
 リチャード・パワーズは、もしかするとそういう“暴走”さえ、理性の積み重ねで達成してしまうんじゃないかと思った。それはもう、狂っていると言ってもいいような気がする。



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2007/07/19(木) 08:01:28 | 本の口コミ情報:ブログでbook!