2007/05/11

季刊誌を読んでみた


■ こないだ前を通りかかった映画館では、ちょうど「東京タワー」「北斗の拳」をやっており、チケットを買う窓口には2枚のチラシが並べて貼ってあった。ちょっと離れて見ると、オダギリジョーに手を引かれた樹木希林に“ラオウ 死す”とのコピーがついているようだった。

■ そんなことはどうでもいいのだが、いまさらながら新潮社の「yom yom」第2号をめくっていて、はたと気付く。

 「これ、想定読者は女の人か」

 気付かなかった。ああ、それゆえの外様感だったか。表紙じゃわかんないからね。思えば第1号を読んだときにもなんだかこそばゆかった。コラムを連載している大森望は、第1号はほとんどのページが一段組だったから売れた、みたいな分析を紹介してこう続ける。
《[…]つまり、14字詰め四段組のこんな“惜しむらく”頁にまでじっくり目を通している活字中毒のあなたは、『yom yom』読者の主流派にあらず。書いている私に至っては、創刊号じゃ、三段組、四段組の頁しか読んでいない。》

 身も蓋もない。真の想定読者は「新潮文庫を読む人」なのだろう。おかげで私ははじめて倉田真由美の連載を読むことができた。漫画ではなく対談だけど。毎号買っていけば、私にとって未知の作家(江國香織とか)の作品も次々に読めるのかもしれない。バリー・ユアグローが登場するようなスペースも残しておいてください。
 そのユアグローは、今号に短篇をふたつ(「泡」「スニーカー」)寄せていて、どっちもおもしろい。「泡」のはじまり方はこうだ。
《私は六才の人物になりすまそうとした廉[かど]で逮捕される。結局、証拠はあまりに奇妙かつ曖昧と判断され、私は釈放される。》

「スニーカー」の方は、あたらしいスニーカーを買ってもらったばかりの子供がひどいめに遭う話。救いはない。そういうのばかりを集めた、つまり相当おもしろそうな『たちの悪い話』を、まだ買っていなかったのを思い出した。
 第1号ではアメリカ小説の特集なんかも組まれていたのだし、今後も「yom yom」はこっちの方向にも偏った作り方をしてほしい。「yom yom」が売れたら、新潮文庫に死蔵されている翻訳小説を何とかしてほしい気もする(『緑の家』とか『ユニヴァーサル野球協会』とか『カチアートを追跡して』とか)。

■ 「yom yom」が出たのはもう2ヶ月くらい前だったと思うが、だいたい読むのが遅いので、雑誌だと、週刊はおろか月刊でも読むのが間に合わない。季刊でちょうどいいくらい。同じ新潮社の出している「考える人」2007年春号も読んでみた。「特集・短篇小説を読もう」。
 丸谷才一、村上春樹、川上弘美へのインタビュー(例によって村上春樹へはメールでインタビュー)、各国別おすすめ短篇、高橋源一郎と橋本治の対談、などなど。「短篇小説を読もう」といっても“案内”なので、実作は2作だけ(堀江敏幸と、ジュンパ・ラヒリ)。
 こういう特集に必ずある“わたしの好きな短篇3作”なるアンケートで、若島正にも回答を求めており、いや、あの人に3作てと一瞬思ったが、ほかの回答者の多くがそれこそ人生のベスト3を選ぼうというような意気込みのなかにあって、ひとり「今回は親子物で揃えてみたくなった」とかるがるセレクトしているのはさすが。そういえば『棄ててきた女』『エソルド座の怪人』もまだ買っていなかったのを思い出した。
 しかし、もっとも目を惹くのは、短篇集の詰まった表紙である。1冊くらい早川の異色作家短篇集があってもよかったんじゃないかと、ろくに読んでないくせに思った。
 特集以外のものでは、長崎訓子という人が自分の食事をイラストで記録したルポのタイトルがよかった。いわく、「突撃!わたしの晩ごはん」

考える人 2007年 05月号 [雑誌]考える人 2007年 05月号 [雑誌]
(2007/04/04)
不明

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 おそるおそる、私も3作考えてみた。
 ほかに尺度がないので、たんにベスト。

(1) ドナルド・バーセルミ「学校」(柴田元幸訳、『Sudden Fiction2』所収)
(2) A・E・コッパード「郵便局と蛇」(西崎憲訳、『郵便局と蛇』所収)
(3) テリー・ビッスン「ふたりジャネット」(中村融訳、『ふたりジャネット』所収)

 もう1冊、季刊誌を読んだのだけれども、長くなりそうなので明日にする。

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