2007/05/07

川村記念美術館に行く

 帰省したりしていたが、連休の終わりにもうひとつそれらしいことをしたいと思ったので、土曜日は川村記念美術館へ行ってきた。

 まず、総武線で千葉まで→総武本線で佐倉→送迎バス(無料)で美術館。待ち時間含め、部屋を出てから正味3時間半かかって到着。実家に帰るのと変わらない。電車の外、一面に広がる田んぼは田植えの季節だった。
 サイトによればこの美術館は、大日本インキ社の研究所が所有する敷地(9万坪)の一角に建てられた施設だそうだが、敷地のそばの駐車場はすでにおおかた埋っている。この全員が美術館に入ったらまず絵なんて見れないよ、と目先の不安に捕らわれた私は甘かった。サッカリンよりも甘かった。

 バス降り場の横にある券売機でチケットを買い、ちょっとした林道を下っていくと、そこに開けているのは広大な庭園だった。
 視界に広がる芝生も木立も森も丘も運動場も、すべてが敷地で、川かと見まちがえるような池ではふたつの噴水が丸い波紋を広げている。音はこちらまで聞こえない。美術館はあくまで一角のそのまた一角をちょこんと占めているだけだった。親も子供もおおぜいはしゃいでいるのに、不思議と静かな印象。幼稚園生のころよく連れて行ってもらった海辺の公園(県立)を思い出した。9万坪はだてではない。
 これはさすがに見てまわらないともったいない気がしたので、巡回ルートを歩いてみる。美術館とは反対側にある運動場の方で、レジャーシートを敷いた家族や、きゃあきゃあ歓声上げながらバドミントンをする子供と遭遇したり、木陰のなか、車椅子を押している人のうしろになったりしていると、何かくらくらするような感覚をおぼえた。「大日本インキってなに作ってる会社なんだ。ああ、いや、インキか」などとつぶやきながら歩き続ける。
 そんなわけでいきなり景観に圧倒されたが、手入れの行き届いた芝生はおおむね立ち入り禁止、定められたルートのほかは立ち入り禁止、林道も道以外は立ち入り禁止(木に近づいてはいけない)、というふうに、きれいな部分はほとんど眺めるだけなので、めまいを起こしながらでも意外と早く一周できる。そんなわけでようやく美術館へ。

 しかしここまで書くので疲れてしまった。収蔵品はいろいろだった。外にいる人数に比べると、客はずっと少ないので見やすい。レンブラントの自画像もあれば、マティスやブラックもあり、その隣に藤田嗣治があるかと思えば、次の部屋にはカンディンスキーが待っている。マン・レイもあった。外観や内装からしてカタログみたいな美術館。お手頃というか。
 なのでとうぜんのように日本画にも一室があてられているほか、一作家で一部屋、という空間もたしかふたつあって、ひとつは、展示台にいくつも箱が載っており、のぞくと、ひとつひとつの内側に様々な写真や小物が貼りつけてあった。作品が箱、作者名が「コーネル」、するとこれが『コーネルの箱』なのか。本は読んでないのに実物を見て、なぜか得をした気分だった。もう一室は暗めの照明で、四面にマーク・ロスコという人の大きな抽象画が掛けてあった。黒とか赤とか(緑?)でいまいちよく見えないが、それは私の目があてにならないせいかもしれない。

 特別展示は「mite! 見て!」といって、たとえば“ふたりの関係”などといったテーマの共通する作品を、作品名も作者名も伏せていくつか並べる、という企画をやっていた。じゃあ見てやろうじゃないかと作品に向かうが、何だかんだ言いつつ、普段は自分もそういう情報に頼り切っていたのがよくわかった。しかし面白い絵があっても、名前がないと覚える手掛かりがない。やはり私は甘かった。常設展もいちどすべて説明書きを隠してから見たら、同じ絵でも面白さ2割増しくらいになるんじゃないかと思った。って、いま見たらサイトに全部書いてあるけれども。

 それで結局、いちばん面白かったのは何かというと、それは常設展の最後の部屋に1枚あったジャクソン・ポロックだった。この感想はわれながら意外だ、しかし意外だと思う自分ってなんだろう、とか考えながら美術館を出て、もう一度庭園を眺め、また3時間半かけて帰った。天気さえよければデートコースにも最適、かどうかは知らない。

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