趣味は引用
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「ニュータウン入口」(プレビュー[1]リーディング公演 2007/04)
 4月21日の土曜日、宮沢章夫の遊園地再生事業団公演「ニュータウン入口」を見にいった。地下深くの大江戸線をぐるっと回り、昼過ぎの地上に出てみると、道路が碁盤の目。会場の森下スタジオは江東区だ。
 今回のは9月の“本公演”に向けた“リーディング公演”。6月末にあともう1回、“準備公演”がある。
 リーディングというからには役者が台本を読むのだろうけど、演劇自体あんまり見たことがないので何がはじまるのかわからない。チラシを眺めていると、やがて開演時間。片手に台本をもった役者がぞろぞろ入ってきて、女性ふたりが何か重々しげな台詞を朗読する。すると音楽が聞こえてきて照明が落ちた。私はあっさり鳥肌が立った。

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 舞台は日本のニュータウン。清潔で便利で安全なニュータウンに何があるかというと、ソポクレスの「アンティゴネ」がある。過去の事件がある。黒曜石があれば、黒曜石を見つけたという嘘(石器捏造事件)もある。黒澤明の映画も、「日本ダンス普及協会」もあり、ビデオショップがある一方で、中東の小国もある……
 そんなふうにしてニュータウンにたくさん引用が重なっているのだけれども、上から「重ねる」というより、そういう引用がニュータウンの下に埋っているのを発見していくようで面白かった。
 面白かったといえば、舞台の役者が演技をしながら台本を読んでいく、という状況は、引用の多さと相まって、素朴に面白い。それにも次第に慣れていくのだけれども、とにかく最後まで、役者の手には台本があるのを私も見ている。何をしてるんだ、という気持が楽しい。
 たしか南波典子という人の声があまりによくて、この人が全篇朗読する旧約聖書のCDがあったら私は買う。できれば文語訳がいい。あと、劇中にあったみたいに、女の子3人に声を揃えて名前を呼ばれたらどんな気持がするだろうとか、しょうもないことを考えた。

 終演後にポストトークの時間があって、宮沢章夫本人にすこし解説してもらえたなかで笑ったのは、劇中でニュータウンを斡旋する業者の名前に、実在する元ネタがあったということ(→これ)。つけるか。そんな名前を「分譲地」につけて売るのか。なにか果てしない気持になった。いや、逆か。果てしなく長くて複雑な歴史とか事情とかが、一切、ないことにされている感じ。いっそすがすがしい。そのすがすがしさがニュータウンだ。いまてきとうなことを書いた。
 それと、「日本ダンス普及協会」が強いこだわりをもつ、某ダンスの由来。話を聞いておどろき、帰ってから調べたらウィキペディアにもちゃんと載っていた。
《[…]よって振り付け自体曲の本来の意味から全く離れたところで日本人が独自に考案したものではなく、歌詞の内容そのままに、掘り当てた井戸の周りで輪になって踊り、”Mayim mayim be-sasson”と歌いながら井戸に向かって駆け寄っていくさまをダンスで表現したものということができる。》

 小学、中学と、やる気なく踊らされていた身として、こういうのを知ると、なぜだか急にそわそわとこわくなってくるのだが、じつは自分がなににこわさを感じているのかよくわかっていなくて、たぶんそこが、こわい。
 こわいままではこわいので、おなじ記事からここも引用しておこう。
《フォークダンスは第二次世界大戦後、たまたまそれを趣味にしていたGHQの教育担当者を通して日本に紹介され、終戦直後の人々が娯楽に飢えていた状況の中で、瞬く間に各地に伝播した。》

 どんなにこわくても、きっかけは、「たまたまそれを趣味にしていた」。
 この記述は本当であってほしいと思う。
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