趣味は引用
日記
 週末に花見をしないかと誘われたものの、実家に帰る用事があったのでパスするしかない。
 荷物をまとめて、土曜の午前中から上野へ。で、せっかく上野を通過するからには、いったん降りて東京都美術館「オルセー美術館展」でも見てから帰ろうと思い立つ。
 会期は終わりかけている(4/8まで)、しかも土曜日、とはいえ10時だからまだ大丈夫なのではないか(開館9時)と逡巡しながら山手線を下りて公園口改札に向かうと、すでにホームで人の群が波打っていた。駅員がロープを張って波の誘導に立ち向っている。そうか花見か。
 自分が花見をパスしたことで、ほかの人-花見-上野公園という連想がすっかり切れていた。自分がいかに身の回り半径50センチの視界と想像力だけで生きているか、あらためて思い知る。
 しかしこの人混みの大半は花見が目的のはず、「花見のついで」で寄るとしたらきっと動物園だ、と気を取り直し、家族連れと団体様の渦に飲み込まれながらも公園を進んで奥の奥にある東京都美術館までたどり着くと、入場規制がはじまっていた。もうだめだった。さようなら。

 何のために上野で降りたのかわからなくなったので、入り口近くの国立西洋美術館に入ってみる。企画展はチューリヒ工科大学版画素描館の所蔵作品による イタリア・ルネサンスの版画」おお、空いている! てか、ガラガラだ!
 展覧会は木版、エングレーヴィング、エッチングと作品が並べられ(→こことか参照)、細い線のエッチングが開発されると光と影の表現が一挙に少女漫画化するのを目の当たりにした。
 解説のパネルで面白かったのは、数多くの作品でモティーフの「引用」が頻繁に行われているのを説明していたやつ。作品Aの中央にいる人物のポーズが作品Bの左側の人物に使われています、作品Cの女性を左右反転させて描いた作品Dの女性の上半身を用いたのが作品Eです(左手の曲げ方に注目!)……みたいな。
 関連して、ルネサンス期に登場した版画というものは、作品を広めるうえで“圧倒的な早さ”を誇る“新メディア”だった、という指摘になるほどと感心したことを、このブログというものに書いておく。
 それから常設展も見倒した。やはりガラガラだった。思えば、東京都美術館に行く→入れない→ここの常設展を見る、というパターンは何度めだろう。つくづく、ここがあってよかった。感謝のあまりコインロッカーに文庫本1冊だけを忘れてきたのに気付いたのは、みどりの窓口であと5分後に出る電車の切符を買ってからだった。

 美術館のなかを歩き回るのにかかったのが計2時間半。そのまた2時間半後には、実家の居間にいた。こういう時間の経過は相変わらず不思議だ。騙されているような気持のまま、戸棚から自分の湯呑みを取り出し、お茶をついで飲んだ。
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