趣味は引用
「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その48

[前回…]

 夜風がまだ冷たいとはいえ、日中の日差しは冬のそれとあきらかに別物だ。衝撃の消えないまま発作的に更新する。
 というのは、今日、そんな日差しのなか外に出て、駅への途中の古本屋に入ったら、岩波文庫の集められた棚に「ガルガンチュワとパンタグリュエル」全5冊セットが2組並んでいるのを発見したのである。
 うちの近所は古本屋が多いし、絶版とはいえとくべつ珍しい本ではないので驚くほどでもないのだけど、同時に2組とは。その片方は背表紙からしてうちにあるのより印刷がくっきりきれいで、状態は「良」といったところ。さて気になるお値段は?と脳内でつぶやきながら第1巻のうしろをめくると、店主の筆跡になる白くて小さい紙が貼ってあった。
 ラブレー 5冊揃 1500円

 1500円かよ! 1冊300円である。私が買ったのは3300円のやつで、それでもじゅうぶん安いと思ったが、ここまでお手ごろなのははじめて見た。「良」なのに。
 それでは残りのもう1組、状態「並」くらい(うちのとだいたい同じ)の方はハウマッチ。
 ラプレー 5冊揃 1300円

 ラプレーかよ! 心なしか店主の字もぞんざいである。そっと店の奥をうかがうと、計ったかのようなタイミングで店主があくびをした。春である。
 ここから私たちの引き出しうる知見は、古典の権威を身近なものにした岩波文庫の権威の失墜がもたらす功罪でもなければ、路線によってはっきりちがう古本の相場が象徴するあれやこれやでもない。それはただ、“濁点と半濁点を取りちがえたときの台無し感は、思いのほか大きい”という、ささやかながら看過できない危険である。たとえばこれはどうだろう。

ホルヘ・ルイス・ポルヘス

 「ホルヘ」「ルイス」と坂を上ってきた先が「ポルヘス」では、「ふざけるな」と言いたくもなる。カウボーイ・ブーツを履いた頭の軽い兄ちゃん(歯並びが悪い)に掠め取られた気分だ。「返せ」。何をかはわからないけど。

マルセル・ブルースト

 肉体派の男を思わせる。酒は強く、ヒゲは黒い。移民か。カエサルを殺しそうでもある。

トマス・ビンチョン

 なんか汚い。背は低いだろう。笑い声は「ゲヘヘ」。

ミハイル・パフチン

 一転して、こちらはかわいらしい。ミハイル・パフチン『ドストエフスキーの詩学』とあった日には、「がんばって!」と声援のひとつでもかけてあげたい。そしてここまで書いてきて気づいたが、このブログの文字サイズだと、濁点と半濁点はあまり区別がつかない。

 こうしてゆるやかにラブレーの方へ話が戻ってきたところで、えらく長いこと放置していた「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読む日記、をそろそろ再開する気になってきた(→これまで)。べつに中断したつもりはないのであらためて再開もないんだけど、と強がるのはよそう。なにしろ『第二之書 パンタグリュエル物語』は、ずっとキーボードの横に置いてあるから、ほとんど毎日、目にしてはいたのである。いつからか灰皿の下になっていた。手の届くところにあっても、いったん“風景”になってしまうと本は本であることをやめる。まあ、めくればまた、本に戻る。今日はもう眠いので、いつかそのうち。きっと必ず。たぶん遅くとも今月中に。

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック