趣味は引用
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
大竹伸朗「全景」
 東京都現代美術館「大竹伸朗 全景」展を見てきた(→公式サイト)。すごい楽しい。会期が終わり近いのが惜しまれる。

 東西線の「木場」駅を出て、真っ直ぐな道路が真っ直ぐに交差する道を10分ばかり歩いていくと、きっちり区画整備された地図の一部分にぽんと配置されたみたいな美術館が現れる。高い屋根のある入り口通路の横はオブジェがふたつばかり置かれた広場になっており、明らかに美術館の客ではない地元の女の子が、父親に手をつないでもらって一輪車の練習をしていた。広場をぐるぐるまわるふたりから目を上げると、美術館の屋上に「宇和島駅」のネオン。おお、展示は始まっている。

「展示作品の数がすごい」ともっぱらの評判で、着いたのが夕方4時、閉館が6時だからきついかなと思っていたら、入り口でポスターみたいにでかい館内の展示マップを渡された。順路は3階からだが、吹き抜けになっている地下2階に設置されたステージから出るノイズの爆音が全館に響いている。
 で、入ってみるとこれが本当にすさまじく多い。展示室の、上は高すぎて目の届かないところから、下はかがまないと見えない場所まで、ぎっしり「作品」で埋めつくされていた。
 切符やチケット、ラベル、切り抜いた写真そのほか、なんでもかんでも貼りつけたスクラップブックの数十冊を皮切りに、小学生のころの落書きからコラージュ、デッサン、版画、人形、ギター、平面、立体、ビデオ映像、本、絵本、解体した漁船の部品、その他多数のなんだかわからないものいろいろが一堂に会し、見ても見ても、これでもかというくらい次から次へと並んでいる。どれだけ時間があっても「すべて見る」のは不可能だろうから、今日のように短い時間で限られてしまっていても別にいいのだと考え直す。小さいのはメモ帳から、大きいのは吹き抜けの壁2階分を覆うパネルまで、壁にも、ケースにも、床にも、通路にも作品はあふれかえり、もしかするとトイレのなかにも展示があるんじゃないかと思わされるほど(ありませんでした)。
 
 物量がこの展覧会の生命線なのはまちがいなく、その迫力に圧倒されながらだれもがおそろしいような気持になって考えるのは、「とっておいたのか、これ全部」ということで、何か思いついたらすぐ作り、ひとつ作っているあいだに別のものを思いついてまた作る、というのはこの作家の活動の半分で、こうなると「保管」も創作の残り半分を占めていると思った。小学生時代の「するどい爪!!」なんかも、この数のなかに置かれることで「作品」になる。だいたい、サイトで紹介されている作品数が“50”というのがすでにおかしい。総展示数は何百になるのか見当もつかない。
 数が多いことを“山のように”と言ったりするが、この展覧会はそんな言葉では間に合わなくて、むしろこれから、数がたくさん・種類も雑多・大きさもさまざま、なものが集まっている状態を“まるで「全景」展のように”と表現していきたいくらいだ、と書いてみて気づくのは、“「全景」展のように”という言葉にふさわしいものがこの「全景」展のほかにあるのだろうかということで、なんだかよくわからなくなってもくるのだが、そんな館内を、私より年下の人、年上の人、子供、カップル、夫婦、たまに外国人、みんながうろうろさまよい、筒状に丸めて小脇にかかえたポスター大の展示マップをときどき広げては歩いている。BGMはノイズ。おすまし顔を保つ美術館員。なんだこの空間、と何度も笑いそうになる。ここなら、どれだけ混雑していても鑑賞に何の影響もない気がした。自分がいましているのは鑑賞なのかという気もした。
 なお、私がはじめて大竹伸朗の名前を知ったのは、トマス・ピンチョンの短篇集『スロー・ラーナー』ちくま文庫版のカバー装画に作品が使われていたからで、それの実物があった(見つけられた)こともラッキーだったのに、amazonにもbk1にも書影がなくてリンクが貼れない。作品自体は大学時代のものらしかった。

 なんとか出口まで着くと6時になってしまい、常設展は見れなかったけれども十二分に満足した。東京都“現代美術”館であっても閉館を知らせるのは「蛍の光」だったが、しかしそれにかぶせるようにしてまた始まるノイズ。なんだこの空間。あれだけの展示を見て歩き回り、そのうえ元気になって帰ってきた。12月24日の会期終了まで週末はもう1回ある。だれにでもおすすめしたい。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
大竹伸朗大竹 伸朗(おおたけ しんろう、1955年10月8日 - )は、日本の現代美術家。東京都目黒区出身。1974年、東京芸術大学に落ち、武蔵野美術大学油絵学科に入学するも、即休学。北海道別海町の牧場で働く。翌年から北海道各地を巡り絵を描いたり写真を
2007/09/11(火) 03:25:00 | みずほの日記
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。