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2006/10/01

@ABC(2006/09/30)


 保坂和志が、小説の誕生刊行にあたって公式サイトの掲示板に自分で書いている。
「一晩で読んだ」「一気に読んだ」などと言わせない

 ぜひとも帯に使ってほしかった。

 9/30の土曜日は、その保坂和志と柴崎友香のトークショー(@青山ブックセンター青山本店)を見物に行った。満員。
 チンパンジーに訓練させたらいくらか言葉を理解するようになった、ゆえにチンパンジーは知能が高い、という考え方はまちがっていて、チンパンジーを動かないようじっとさせて訓練を積ませた結果としてそのような能力が発現するのなら、ふつうに動き回っているチンパンジーの、チンパンジーとして当たり前の動きのなかにその知能を見つけるのでなくてはおかしい、そして小説もそのように読まれなくてはならない、というところから話がはじまる。私がまだ『小説の誕生』を読んでないからかもしれないが、えらくハードルが高いと思われたことであるよ。

 一見、悪ガキがそのまま大人になったような風貌と喋り方の保坂和志は、隣に座る柴崎友香の新刊『その街の今は』の書かれ方がどのようにすぐれているかをわーっと語る。それは『小説の自由』のなかで、青木淳悟の「クレーターのほとりで」の明快に書かれていない仕組みを明快に解き明かす手つきそのままで、この柴崎評もどこかで文章にしてほしい(もう文章になっているのか? 『小説の誕生』のなかに入っていたりするのか?)

 ふたりとも、小説を書くうえで風景描写がどれほどたいへんでどれほど重要かを楽しそうに喋っていたのが面白かった。
ひとつひとつの風景描写を支えるものが小説の基盤になっている……とか、いま思い出そうとしてもうまく思い出せないが、言葉をぜんぶ憶えていたとしても、実際のところは、小説書いたことのない人間には想像するしかないたいへんさなんだろう。
 そこをなんとか説明しようとして保坂和志のもちだした例がストップモーション・アニメだったのは意外だった。
 ああいうアニメを作る人は、ひとコマ撮影したら粘土(なり人形なり切り絵なり)を動かしてまたひとコマ撮影、また動かして撮影、それの積み重ねでようやく1秒、また1秒と作っていくわけで、最終的に10分くらいのフィルムができるまで膨大な時間がかかる。
 で、見る人は「その作品のテーマは何か」なんてことより、まず完成品のうしろにある作業の量を見ているはずで、その証拠に、そういう作品を見れば誰だって少なくとも「感心」はする――小説の風景描写はそれと同様の作業なのだから、そこを読み飛ばすような読み方はおかしいよ、みたいなことを言っていたと思う。
(個人的には、2000年だったか2001年だったかの夏、中野と阿佐ヶ谷の映画館で粘土と人形と切り絵の短篇アニメをまとめて見て、「画面のどこにも見逃していい部分がない!」と震えあがったのを思い出して妙に腑に落ちた。あれは体力を使う。でも、こういう異ジャンルを例に出した説明で納得させるのもよしあしだ、みたいなことを保坂和志も自分で言っていたし、上の説明はだいぶ私の言葉がまざってしまっている。ためしに『季節の記憶』(中公文庫)でも読めばどういうことかは一発で感得されると思う)

 ちなみに『小説の誕生』、目次や巻末の引用文献リストを眺めるに、私が読もうと思いながら積んだままの本も何冊かとりあげられているようなので、まずちょっと、そちらを自分で読んでからとりかかるつもり。
 すると読み終わるのはいつになるか見当もつかないが、どうせ「一気に読める」はずもないので気にしない。

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