趣味は引用
宮沢章夫『東京大学「80年代地下文化論」講義』(2006)
東京大学「80年代地下文化論」講義
白夜書房


 宮沢章夫が昨年度の後半に東大駒場で行なった講義、13回分の記録。
 1981年から3年間、原宿の地下に「ピテカントロプス・エレクトス」というクラブがあったという。その場所がいかに特別だったかを話すところからはじまるこの講義は、山ほどの固有名詞と記録、記憶、引用、伝聞、想像その他が一緒くたになって、それじたい混沌とした一種の文化圏になることをめざしている――ような気がした。
 なにしろ問題になっている10年間を、私はものごころがついているようないないような状態で、しかも東京からずっと離れたところに暮らしていたのだから、ここで語られるものごとはみんな遠い世界のおはなしに見える。人物やら音楽やら、たとえあとから実際に知ることになったものであっても、「あとから」ではもう意味が変わっているのだし。それらが当時、どんなインパクトを持っていたかを検証するためにこの講義は企画されたのだろう。
 そういった「向こう側」について話す宮沢章夫の語り口は、しかし、事実を正確に記録しようとはしていない。そこが面白い。客観的な記述をはなからする気のないこの文化論は、ひとりの人間が自分とも密接に絡まる過去をどう読み直すかというドキュメント、もっといえば、どのように読み直すことができるかという仮説のテスト飛行といったおもむきを呈してくる。
 宮沢章夫の立脚点は、「80年代はスカだった」というような物言いへの反発であるという。きっかけとして訪れた思いつきは、大塚英志の80年代論(『「おたく」の精神史』)を反語的に読む、というものだった。べつにおたくだけが80年代ではなかったよ、と。80年代文化のスカでもおたくでもない部分とはどんなものだったか、どのように周囲へ波及していったのかを考えために、まず「ピテカン」と「おたく」のあいだに線が引かれる。この線引きはもちろん恣意的なものだ。しかしここにとどまらず、宮沢章夫はやたらと線を引く。「六本木WAVE」と「六本木ヒルズ」、謎のキーワード「機動戦」と「陣地戦」、コメディアンに見る「身体的な人」と「身体性の薄い人」、「スペースインベーダー」と「ゼビウス」、といった具合にどんどん線を引く。ただごとではない情報量のなか、ふたつのものを分ける線ばかりではなく、あれとこれとを括ったり、ああでもない、こうでもない、あれもある、これもあると線を引っぱっていくうちに、独特な歪みをもった地図が浮かび上がってくる。(*)
 提出されるさまざまな仮説は、細かいところでたぶんいろいろまちがっているだろう。各方面の当事者が見たなら事実誤認もあるだろう。しかし部外者からすれば、こんなにスリリングな作業もなかなかない。読んでいる最中にずっと頭の片隅にあったのは、「この地図、けっこうでたらめを含んではいないか」ということで、全体が個人に発する大きな幻想なんじゃないかという気さえしてきた。「ピテカントロプス・エレクトス」が実はフィクションだった、と言われたら私は拍手する(そうでなくてもこの本は、ちょっとがんばれば小説として読める気がする)。

 それにしてもこの講義、生で聞きたかったと何度も思った。
 講義の初回、「おたく」に対置されるべき概念を探っていくと、それはどうも「かっこいい」といったことになると宮沢章夫は考える。身も蓋もない。ともあれ、「かっこいい」ってのは何か。それは「ある価値感によって形成された美学」だけれども、そんな感覚を(それこそ80年代生まれの学生に)説明しようと試みる宮沢章夫の語り口は、ぜんぜんシャープではない。この本のなかで何度となく使われるものいいを真似れば、「突然何を言い出すんだ、この人は」である。
《[…]でも、この「ある価値観」というのが極めて曖昧で、「ある価値観、って言われてもねえ」ということになるでしょう。人それぞれにちがうからこその、価値観ですからね。ある人にとっての「かっこいい」は、べつの人から見たら、まったく「かっこよくない」になる。
 何年か前、ある若い女性の編集者と仕事をしたときに、彼女がなんでも「かっこいい」て言うんで驚かされたことがあったんですね。僕が、「1日に3回寝るんだよ」って言うと、「かっこいいなあ」って。あと「俺は寝起きがいいんだよ、起きたらすぐカツ丼が食える」って言ったら、「かっこいいなあ」って(笑)。それがわかんない。
 えー、まあ、「かっこいい」と感じるのは自由なんだけど、では、つきつめて、「かっこいい」とはなにか。それがわからないし、かつて「かっこよかったもの」を、「かっこよかった」とどんなに言葉を尽くしても、うまく伝えられないんですね[…]》pp22-3 (**)

 宮沢章夫が手描きで地図を作るのは、「いま」のことを考えるためだろう。「80年代」という枠を定めたことが、そもそも冗談だったのではないだろうか。



(*)小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』は、道に引かれたチョークの線をたどる話だった。
(**)ちょうど同じページに“腕を組んで首をひねる宮沢章夫”の写真があって、たいへん絶妙。
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