--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006/06/10

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その23


[前回…]

 自分の領民である小麦煎餅売りがボコボコにされた復讐に、全軍を率いて「乾喉国」に攻め込んだレルネのピクロコル王。その軍隊の行った略奪行為がどれほどすさまじいものだったかを物語る一文がある。
《折しも大方の家では、黒死病患者が出ていたにもかかわらず、彼らはところかまわずにはいりこみ、家のなかにあるものをすべて掠めさったが、誰一人として病にかかる危険に陥らなかったことは、まことに不思議ではある。》第27章 p134

 しかし、いま書き写していて気付いたが、すごいのはレルネ兵の暴虐ぶりよりもむしろ、「折しも大方の家では、黒死病患者が出ていた」という状況の方ではないか。ふつうの国なら存亡の危機なんだろうからまことに不思議ではある。
 ともあれ、伝染病をものとせずに乱暴狼藉を続ける敵兵の群れに、ひとり敢然と立ちあがる修道士がいた。名をジャン・デ・ザントムールという。年は若く元気溌剌、頭の回転も早くて勇気があり、要領もよければ知識もある。完全無欠の爽やか青年、みたいなジャン修道士が丈の長い法衣をかなぐり捨てて、十字架つきの棍棒を持って飛び出すと、その戦いぶりはこのように描かれる。
《こちらの奴らの脳味噌を押し潰したかと思うと、あちらの者の腕や脚をばへし折り、また向うにいる奴の首の椎骨をがたがたにし、腰骨を引き抜き、鼻をもぎ取り、眼玉を潰し、口を引き裂き、腔中深く歯をぶちこみ、肩甲骨をぐちゃぐちゃに砕き、雙の脚に脱疽のような傷をつけ、腿から大腿骨の頭をにょきりと飛び出させ、腕や臑の骨をば粉々にしてしまった。
[…]真正面から立ち向おうとする生命知らずの奴がいると、ジャン修道士は筋金入りの腕の偉力を発揮してみせた。と申すのは、相手の胸の前縦隔竇[ぜんしょうかくとう]や心臓あたりへ風孔を明けてしまったからだ。また他の奴原の助骨の間にひと突きくれて、胃の腑をでんぐり返しにしたので、あっという間もなくお陀仏になってしまった。またある奴らは、臍の辺を物凄い力で打ち破られて、臓物がにょろにょろ出る騒ぎ、また他の者どもは、ふぐりを貫いて直腸へずぶりと棍棒を刺し通されたりした。げに前代未聞の、世にも物恐ろしい光景ではあった。》pp138-9

 鬼だ。ラブレーはラブレーで、こんなところに解剖用語を織り交ぜて遊んでいる(ラブレーの本業は医者)。なにより恐ろしいのは、このジャン修道士が修道院から飛び出して行った理由というのが、敵兵たちに修道院の葡萄園を略奪された→「葡萄酒が飲めなくなるじゃないか」、それでキレたから、だったところである。そもそも突撃のかけ声がこんなだった。
《酒を好まれる皆の衆よ、いざ、いざ、いざ! 運在天じゃ、拙者について突撃めされい!》P137

 触らぬ神にたたりなし。あわれ敵兵は聖人への祈りの言葉とともに絶命する。あたりはさながら地獄絵図。修道院長はすべての修道士を連れて出て、かろうじてまだ息のある者らの懺悔を聴聞してつかわした。
《ところで、坊様方が懸命になって懺悔を聞いている間に、小僧たちがジャン修道士のいるところへ馳せつけてきて、何か手伝うことはないかと訊ねた。それに対しては、地面へへたばった奴らの喉笛を掻き切れと返事をした。しからばと、小僧たちは、だぶだぶ頭巾を間近の葡萄棚にひっかけて、既に僧ジャンに深手を加えられた奴らの素っ首を掻き切り、息の根を止め始めたのであった。さて刃物に何を用いたか、諸君は御存知であろうか? 可愛い小刀を使ったのであるが、これは、我が故郷の子供たちが胡桃の実を剥く時に使う玩具のような小型の庖丁であった。》p140 太字は引用者

 なんだか今日、まるっきり引用してばかりだが、最後はやはりこのお約束で〆だった。
《かくのごとくにして、僧ジャンの武勇によって、葡萄園へ侵入した敵軍の者どもは全部撃滅されてしまい、その数は、一万三千六百二十二人の多きにのぼったが、このなかに女や幼い子供たちがはいって居らぬことは、いつものことながら勿論である。》p141


コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。