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「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その21

[前回…]

 ガルガンチュワの教育係たるポノクラートは、まず医者に頼み、薬の力でガルガンチュワの脳味噌を洗浄する。これによってむかし習い覚えた(役に立たない)物事はきれいさっぱり消え去った。それからあちこちの学者のところを連れまわされると、ガルガンチュワに猛烈な勉強欲が目覚め、《一日に一時間も無駄にしない》ことになる。朝4時に起きて聖書を読み、トイレのなかでも聖書を読み、様々な書物を暗誦して、道を歩いていてもポノクラートと議論を続ける。外の野原で体も鍛錬、食事の際にもテーブルに並んだもろもろの品物の特質や効能を学んだ。
《ガルガンチュワは、教えられたことを、しっかりと何もかも覚えてしまったので、その当時の医者で、その半分くらいも物を知っている人は見当たらぬほどであった。》第23章 p117

 以前は200を越えるゲームに興じた“かるた”を持ってきても、いまではそれを数学の勉強に使う。幾何学・天文学・音楽その他の学問についての理論と実践、馬術・武術・狩り・水泳に至るまで、右に出るものはないくらいにガルガンチュワは上達する。ラブレーは、思いつく限りの分野にわたる知識を習得した巨人としてガルガンチュワを造形しようとしているらしく、彼は操船術に絵画や彫刻、金銀の加工術から植物学までマスターし、しまいには香具師の口上まで学んだことになっている。
《かくのごとく、ガルガンチュワは指導されて行き、日一日と進歩の跡を見せたし、同じ年輩の良識を具えた若者が、こういう方法で育てられた場合に糧にできると思われるようなものを、彼も身につけたのであるが、こうした訓練は、初めのうちは、なかなかむつかしそうに見えはしたけれども、これを続けてやっているうちに、実に楽しくなり、重荷ではなくなり、面白くもなってきたのであって、学生の勉学と言わんよりも、むしろ王様の暇つぶしのお慰みと思われたしだいであった。》第24章 pp126-7

 例によってやりすぎ感あふれる列挙と、ガルガンチュワの言動を遠目に眺める描写の連続で2章が費やされるのだが、同じ過剰とはいえ、こういう「極端な優等生ぶり」が、「破天荒な自堕落ぶり」にくらべてあんまり魅力的に見えない(=はじけない)のはなぜだろうと思いつつ、続く第25章ではようやく派手な事件が起こるようなので期待したい。章題はこうなっている。
「レネルの小麦煎餅売りたちとガルガンチュワの国の住民たちとの間に大論争が起こり、それが因[もと]で大戦争になったこと」
 長いよ。

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