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2006/05/30

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その17


[前回…]

 前回から1週間ぶりになってしまった。「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみるこの日記、だんだんペースが落ちている。「その1」から1ヶ月がすぎたのに、進捗具合はまだ最初の1冊『ガルガンチュワ物語』の1/3程度、90ページを越えたあたりでしかない。
 始めるにあたって、私は「5冊あわせて1ヶ月以内に読み終える」くらいのつもりでいたし、いまでもその気持に嘘はないのだが、こんな調子だと終わるのはいつになることだろう。読み方・書き方を変えないといけない気がずっとしているものの、「変えなくちゃ」→「よしこうしよう!」みたいな機転と要領のよさがあれば、私だっていまの私ではないのである。威張ることではないと思う。
 この本を読むのに、私はもう栞も使っていない。読んでいるところでページが開いたままになるよう、洗濯バサミで留めている。1週間、同じところで留めっぱなしだったせいで、本の形が微妙に崩れてきたように見えるがきっと気のせいだ。挫折するまでは続けてみよう。だらだらといく。

「乾喉国」という架空の国から、現実にもあるパリの地まで見聞を広めるためにやってきた巨人ガルガンチュワが、ノートルダム大聖堂の塔のてっぺんで「金色の雨」を降らせると、「二十六万四百十八人」(女子供のぞく)が溺れ死ぬ。そのあとの話。
 ガルガンチュワは、塔のなかにあった大釣鐘を自分の馬の首につける鈴にしようと思いつき、重さ12500キロと7500キロの鐘ふたつを宿に持ち帰る。ここで語り手はだんだん興奮してきたようで、よくわからないことを口走る。
《パリ全市は、動揺して騒乱状態になったが、諸君も御承知の通り、パリ市民は、とかくこうしたことになりやすく、諸外国の人々は、フランス歴代の諸王の堪忍強さ[或いは(もっとはっきり申せば)間抜け加減]に驚いているほどであるが、王様方は、弾圧を下すと今日も明日も思わしからぬ事態が発生するというので、これを寛恕されて別に市民たちを抑圧されないからである。願わくば、こういう謀叛や陰謀の画策場所を探り当てて、私の教区信徒団の人々にはっきり教えてやりたいものである! [そこへうんこまみれの素敵な檄文でも貼りつけてやれないものかしらん!]》第17章 pp95-6

 落ち着けよと私は言いたい。過去に何かあったんだろう、この語り手は。
 困ったパリ市民は議論を尽くし、釣鐘を返すよう説得するため、神学だか詭弁学だかの老博士をガルガンチュワのところに向かわせる。ジャノトゥス・ド・ブラグマルドという仰々しい名前のこの博士は、宿に着くなり勧められるままがぶがぶ酒を飲み、その状態でガルガンチュワ一同の前に立ち演説を行う。
《おお殿よ、我ガ君ヨ、我ラニ鐘ヲ返シ給エヤ! 正に、ソハ当市ノ財宝ナリですわい。万人があの釣鐘を用いまするのじゃ。》

《ガンガラガント鳴ル鐘ハ皆、ガンガラガンノ鐘撞キ堂ニテ、ガンガラガント鳴ルベキモノナリ。華ノ都ノパリニハ鐘ノ音コソ響クナレ。シカリ而シテ、結論ハ必滅会者定離色即是空寂滅為楽!》

《ああ、我ガ君ヨ、お願いでござる。父ト子ト精霊ノ御名ニヨリテ、アーメン! 何とぞ、我らが釣鐘をお返し下さりませ。さすれば、神はもとより、世ヲ次々ニアラユルモノヲ統ベ給イ生キ給ウ健康の聖母[ノートルダム・ド・サンテ]も、殿を災厄より守り給うでござりましょう。こん、こん、げぶ、げぶ、ごほん、げぶげぶ!》第20章

 酔っ払ったままで4ページ続く懸命な熱弁に、ガルガンチュワたちは笑い転げる。なにしろたちの悪いことには、この老博士が演説を始める前、酒を飲まされているあいだに、ガルガンチュワはちゃっかり釣鐘を返却してきたのだった。博士が「自分の演説で鐘が返った」と思って調子に乗らないよう練られた策だと説明されているけれども、ここの笑いはなんだか陰湿である。
 それからしばらく、学者たちのお粗末なやりとりや低俗な罵り合いが続くので、この語り手にはよほどソルボンヌ大学神学部への敵意があるらしいとうかがえるのだが、それも今に始まったことではないのだった。

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