2006/05/27

漱石とその周辺

《「兄さん、ほかの事とは違ってこれは倫理上の大問題ですよ……」「当り前さ」》

 明らかに誇大な題でこんにちは。

 文章の涼しい感じが好きで読んでいる「東京猫の散歩と昼寝」の5/23分で、夏目漱石の『行人』に触れられているのを見て「しまった」と思った。というのは、今年の正月に私もはじめて『行人』を読み、えらく面白いのでそのうち引用しようと思いつつ机の横に積んだままにしていたからだが、しかし、引用したくて鉛筆で印をつけていた箇所はきっちりアップされているんでまあいいか、という気持でもいる。中途半端でゴー。
 「東京猫の散歩と昼寝」2006-05-23
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20060523

 あらすじはリンク先で確認していただきたいが(『坊っちゃん』や『こころ』みたいに、あらすじ知ってるのが常識ってことはないと思いたい)、この小説に登場する「嫂[あによめ]の直」はほとんど暴力的な存在感をもっているように私には見えた。そう見たのが私だけではないことがネットのおかげで確認できたところで、ああ、やっぱり引用したくなってきた。「東京猫」で引かれている部分のちょっとだけ前を私は書き写しておこう。語り手の二郎が、なんやかんやの事情で直と旅館の一部屋に取り残された場面である。
《下女が心得て立って行ったかと思うと、宅中の電灯がぱたりと消えた。黒い柱と煤けた天井でただでさえ陰気な部屋が、今度は真暗になった。自分は鼻の先に坐っている嫂を嗅げば嗅がれるような気がした。
「姉さん怖かありませんか」
「怖いわ」という声が想像した通りの見当で聞こえた。けれどもその声のうちには怖らしい何物をも含んでいなかった。またわざと怖がってみせる若々しい蓮葉の態度もなかった。》

 嗅がないでください。このあとに、向こうで引用されている会話が続く。ここらへんを読んだ私は、自分に兄がいないこと、だから一生「嫂」とは無縁であることを思って安心したのだった。大正元年(1912)にこんなキャラを登場させて、漱石はいったいなんのつもりだ。早すぎた近代人・漱石。そんな話ではない。
 そういえば「東京猫」には大江健三郎の感想もアップされたが、どういうわけか、いま私も大江を読んでいるところなのだった。どういうわけも何もないか。

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 さて、そして、今週月曜から始まった宮藤官九郎脚本の昼ドラマはちゃんと録画して見ている。TBS、月-金で13:00-13:30。
 「吾輩は主婦である」(公式)
 http://www.tbs.co.jp/ainogekijyo/syufudearu/

 みどり(斉藤由貴)&たかし(及川光博)夫婦はふたりの子供と幸せに暮らしていたが、たかしが“ミュージカルを作る”という夢を追って会社を辞めてから生活は一変。マンション売ってたかしの実家に身を寄せることになったみどりがお金のやりくりに頭を悩ませていると、旧千円札の夏目漱石が乗り移って大騒動を起こす話、らしい。
「らしい」というのは、漱石が憑依したのは第1週最終日・金曜の放送分だったので今後どう転がっていくかわからないからだが、そこに至るまではちゃんと面白かった。ホームドラマを見たことないからコードも何も知らない人間(私)が好き勝手に想像するところのホームドラマ、しかも昼枠、という幻想をさら形骸化させて小ネタで充填した感じ。主人公夫婦行きつけの喫茶店のマスターを川平慈英が演じていて何の違和感もない、そんな世界。韓流スターはペ・ヤングン、そんな世界。第3話で、みどりの子供である小学生男子に祖母がなぜかエロ本を見せていて、みどりが突っ込みを入れる直前の祖母の台詞はひとこと、「たわわだよね~」だった。
 これが昼日中からテレビで、と、夜な夜な脳内でひねりを加えながらその日のビデオを見ている私は、かなり人のよい視聴者ではあるまいか。40話あるらしいから、当分、晩ごはんのお供には困らない。
 しかし最も凶悪なのは、オープニングの歌だった。斉藤由貴と及川光博が、役柄のままこんな歌詞をデュエットする。
もしも みどりが 風邪を引いたら
た・か・し・は み・ど・り・の お粥になりたい

 オープニングだから、当然毎日放送される。すでに脳が溶けそうである。あと35話。

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