趣味は引用
「はつきりしない人ね茄子投げるわよ」
 青山ブックセンターのイベント、「松浦寿輝×川上弘美トークショー」に行ってきた。
 渋谷の駅から歩いていくと、青山円形劇場の手前にある施設で「国民的美少女コンテスト」第二次審査が行われていた模様。まあそれはいい。ABCの会場に入って空席を探し、荷物を下ろしたところで携帯にメールが届く。
カワカミヒロミのトークショーの会場に若い女性と老年にさしかかった男性(しかし結構エネルギッシュな感じ)のカップルがいるのを見て、何だかそくそくとした感情に襲われています。

 え?っとまわりを見渡したら、メールの送信主が3メートル後方にいる。向こうもすぐにこちらに気付いて目が合った。
 「あ」
 「あ」

 やがて開演。悪いことはできない。
《[…]むろん、「意味の破産」も「作者の死」も、それ自体は人類の創作してきたあまたの虚構にすぎず、歴史を越えた絶対的真理であるわけではない。ただ、「意味」を縊り殺すことが、フーコーやバルトのような突出した知性に全生涯を費やさせるほどのヘラクレス的難事業であったという点は、あっさり忘れてしまっていいような事実では断じてないはずだ。サルトル的な実践知と退嬰的なアカデミズムとが意識せざる共犯=相補関係を取り結び時代を支配していた状況下で、ぶっても叩いてもしぶとく生き延びつづける鬱陶しい「意味」の息の根を止めるのは、ただそれだけを達成できればもう人生を棒に振っても悔いはないとでもいうほどの、途方もない不可能事と見えていたはずである。なのに、表層の戯れの時代は終ってなまの現実が再浮上してきたなどと口々に言い交わしながら、ゾンビのように蘇ってきた鈍重な「意味」の専制にまた人々は心地良く屈してしまう。戯れだの快楽だのとあっさり言うが、それが血腥い殺戮の徹底的な遂行に与えられたにすぎないことがいったいわかっているのか。あれら構造主義以後の知の巨人たち一人一人の禍禍しい死にかたに思いを致しつつ、これでは浮かばれないといった俗な感想がおのずと心をよぎるのも避け難いというものだ。》「意味との戦い」(『青の奇蹟』所収)

 冒頭でいきなり明かされたのだが、主にこういうことを書いている人だと私が思っていた松浦寿輝は、30年前、はじめての留学でフランスに着いたとき、ちょうど家族旅行でパリに来ていた川上弘美(18歳)とたまたま知り合って、仲良くなっていたという。「すごい美少女でしたよ」「やだあ、うれしいな」。川上弘美は2週間で日本に帰るものの、「帰国してからも文通していた」。

 なんだろう、自分の感情がよくわからないが、おれ、何かもうどうでもよくなっちゃったよ。これでは浮かばれないといった俗な感想がおのずと心をよぎるのも避け難いというものだ。
 いったいいま、われわれはどういう2人の何を聞かされているのだろうという疑問の渦のなか、ともあれトークは終始“茶飲み話のように”続いてとても楽しかった。川上弘美はやはり「MOTHER 3」をやっているらしい。
《小説めいたものを最初に書いたのは学生のころである。小説なんていうものは、読むものであって、自分で書ける、書いていい、などとは想像したこともなかったのだが、あるとき書いてしまった。
 書くにあたっては、いくつかのきっかけがあったのだが、中の一つに、初恋の男性が詩を書いていた、ということがある。「初恋の男性が詩」というだけで、気を失ってしまいそうなほど恥ずかしいが、許されたい。ただし、恥ずかしさの責めはその「男性」に負わされるべきではなく、私の側の「初恋」に負わされるべきものではある。彼の人の詩は優れたものであった。念のため。
 くだんの「初恋の男性の詩」は、書店に並ぶ雑誌に載ったりしていたのだ。それまで、活字になったものを書いている人間は、この世の中からは少し隔たった場所に棲んでいるのだと思っていた。象徴的に、ではなく、物理的に、この世から隔たっているという思い込みがあったのだ。「もの書く人」が小田急線やら総武線やらの中でぼうっと吊り革につかまって立っていたりするはずはないと思っていたのだ。それなのに、身近な、それも「初恋」の人が書いたものが、活字になっている。[…]》「小説を書きはじめたころ」(『あるようなないような』所収)

 長々と書き写しているうちに、やっぱり、何かどうでもよくなっちゃったよ。
 ちなみに今日のタイトルは、「文藝 2003年秋季号」に載っていた川上弘美の俳句である。他意はない。明日からまたラブレーを読もうと思った。



青の奇蹟
青の奇蹟
posted with amazlet on 06.05.14
松浦 寿輝
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あるようなないような
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コメント
この記事へのコメント
販促効果
会場ではどうも。何故かメールしたくなったのでしたのですが、これも何かのシンクロニシティでしょうか。握手していただいた手はとてもひんやりとしていました。その後、もっていなかった川上弘美の本を書店で買ってしまいました。ああいったイベントでの販促効果って本当にあるのですね。悔しいです。
2006/05/15(月) 01:13:32 | URL | てけてけ #QMnOeBKU[ 編集]
こんにちは
私は思うのですが、それで「悔し」がっていたらバチが当たります。
2006/05/15(月) 02:38:17 | URL | doodling #OtUrN.LY[ 編集]
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