趣味は引用
「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その10

[前回…]

『ガルガンチュワ』に戻ってみると、ついに装身具の詳細は終り、ガルガンチュワ3歳から5歳の話になっていた(「第一一章 ガルガンチュワの幼年時代」)。
 この2年のあいだ、ガルガンチュワは日々どんなことをして暮らしていたかが華々しく並べられるここの部分、ちょっとすばらしいので全文引用したいくらいだが、そうするとまる2ページぶん近くになってしまうため、「もったいないもったいない」と思いつつ、抜粋してみる。
《ガルガンチュワは、自分の靴におしっこをひっかけたり、肌着のなかへうんこをしたり、袖で鼻をかんだり、肉汁[スープ]のなかへ洟を垂らしたり、ところかまわずに泥んこになって転げまわったり、上靴で酒を飲んでみたり、いつも籠の胴腹へ体をこすりつけたりしていた。木靴で歯を磨いたり、羹[あつもの]で手を洗ってみたり、盃で頭髪を梳[くしけず]ってみたり、二つの腰掛の間の地面へ尻餅をついたり、匿[かく]れるつもりでびしょぬれの袋を被ったり、肉汁を飲みながら酒を飲んだり、麵麭[パン]がないとて麵麭菓子を食べたり、げたげた笑いながらむしゃむしゃ食べたり、むしゃむしゃ食べながらげたげた笑ったり、何度も皿のなかへ唾を吐いたり、脂肉をぶるんぶるん言わせたり、お天道様めがけておしっこをしたり、雨を避けに水へ潜ったり、冷たい鉄を鍛えてみたり、よしなしごとを夢見たり、良い子ちゃんぶってみたり、げろを吐いたり、お猿の読経とばかりにむにゃむにゃ言ったり、しかけた羊の話に戻ってみたり、獅子王の前で鬱さ晴らしに犬を殴ったり、[…]骨折り損のくたびれ儲けをしたり、あとは野となれ山となれと白麵麭[パン]を食べたり、蝉に蹄鉄を打ってみたり、自分で擽[くすぐ]って笑ってみたり、台所へ勇気凛々突撃したり、[…]得意になって白い牛乳のなかの黒い蝿を見わけたり、ぼやんと蠅の足をむしったり、紙をがりがり引っ掻いたり、羊皮紙を墨だらけにしたり、ぽこたんぽこたんと逃げ出したり、仔山羊の革袋からぐびぐび飲んだり、[…]無理を道理にしてみたり、もらった麵麭[パン]で麵麭切れを作ったり、ざんぎり頭でもつるつる坊主でもごっちゃにしたり、毎朝毎朝げろを吐いたりしていたのである。》pp69-71

 読みながら、こういう“ばかな列挙”が自分はほんとうに好きだと再確認した次第。列挙や羅列というものは、ありそうな物事からありえない物事へと一方的にエスカレートしていくよりも、両者を適当にミックスして進めていく方が面白い、とよくわかる。加えて、「良い子ちゃんぶってみたり」の唐突さはなんだ。上の引用は抜粋なのに、繰り返しギャグまで散見されるのだからほれぼれした。
 それにしても、要所要所のあまりに意味不明なフレーズはなんだろう。私はかつて、「雨を避けに水へ潜ったり、冷たい鉄を鍛えてみたり」する人を見たことがない。ましてや、「獅子王の前で鬱さ晴らしに犬を殴」るとは、いったい何の真似だ。註を見てみると、ここの列挙でラブレーは、慣用句や格言をずらずら並べる遊びをしている由。紋切型は、あえて字義通りに使われると激しくナンセンスに映るわけである。なるほど。しかし、「あとは野となれ山となれと白麵麭[パン]を食べ」るのが紋切型なのかどうかは不明である。どう食べるんだ、それは。黒パンじゃいけなかったのか。「あとは野となれ山となれと、甘納豆を食べる」ならけっこう感じが出ているように思う。ああ、きりがない。

「ネーデルランドの諺」 ところで、こういったしっちゃかめっちゃかな記述からブリューゲルの絵を連想した安易な私だが、じっさい、その関係を扱った研究書もちゃんとあるんだそうである(註より)。良くも悪くも元気いっぱいの群集を描いたブリューゲル、とりわけ、右に貼った「ネーデルランドの諺」(1559)では、“諺のベタ使用”をテーマににぎやかな人びとを描いている。拡大してみるとなんとなくわかるが、この絵のあちこちで起きている取っ組み合いや大騒ぎのひとつひとつは、やっぱり諺や故事成語の類なのだそうだ。私はこの絵が好きで、ときどき、PCの壁紙をこれにして眺めている。元ネタをひとつも知らないから、かえって飽きない。
「ああそうですか」って話になってきたところで、本日は「ぽこたんぽこたんと逃げ出」すことにする。

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