2006/04/28

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その4


 [前回…]

 「第一章 ガルガンチュワの系譜と、その由緒ある家柄について」に入る。
《ガルガンチュワがその末裔として生れ出た系譜、ならびにその古い家柄を識るためには、『パンタグリュエル大年代記』について見られるがよい。》p23

 ええい、ややこしい。ここにいう『パンタグリュエル大年代記』とは、前回書いたように、ラブレーがこの『ガルガンチュワ』に先立って発表した『第二之書 パンタグリュエル物語』のことである(註より)。だからここでラブレーは、パンタグリュエルの父であるガルガンチュワの家系について知りたければ、パンタグリュエルのことが書いてある自分の本を参照しろといっている。自分で作った迷路を自分で遊んでいるようで、こういうのはきっと楽しいんだろうなと思われる。好き勝手に脇道を付け加えたり、壁に落書きをしてみたり、やりたい放題だ。
 ガルガンチュワの家系図は、《ナルセー村寄りのオリーヴ村の下手に当るアルソー・ガロー近くに、この御仁が持っていた牧場で発見された》。牧場の溝を掃除していた土工が、途方もなく長い青銅の大きな墓石を掘り当てる。
《蓋の表にHIC・BIBITUR[ここにてのむべし]という意味のエトルリヤ文字で囲まれた脚つきの酒杯の絵が目印につけてある箇所を開けてみると、九本の酒徳利がガスコーニュの九柱戲の棒を立てるとの同じ形状にならべてあるのが見出されたが、中央の徳利の下に、分厚くて、どっしりした、大型で、灰色で、綺麗で、可愛くて、黴臭くて、薔薇よりも匂いは高いが香りの芳しからぬ書物が一冊秘めてあった。》p25

 そんなに酒が好きか、と言いたいところだがそれはともかく、この書物のなかに件の家系図が長々と書かれていた。しかし謎なのは、続く第二章で引用されているのは、発掘されたこの書物の巻末についていた文書なのである。タイトルは『解毒阿呆陀羅経』[げどくあぼだらきょう]。よくわからないというのは、第三章に入ると、何事もなかったかのようにガルガンチュワの家系が説き起こされるからで、じゃあなにか、『解毒阿呆陀羅経』はなんだったのかという気持にもなるだろう。ますますわからないのは、この『解毒阿呆陀羅経』、手の込んだ擬古文で綴られており、何をいっているのか皆目わからない。書くのも相当手間だったろうに、完全にスルー。謎は深まるばかりである。
《[…]もしユノーが天が紅霓[こうげい]の下にありて、
その熊梟とともに黐を用いざりしならば、
げにや手痛き詭計の犠牲とはなりはてて、
東西南北より、攻め立てられしならむ。
和協のこと成り立ちて、かくは一口喰いて
プロセルピナの卵二つをば手に入れぬ。[…]》p31

 こんな本、だれが真面目に読むものか。そういう姿勢が早くも固まるのだった。プロセルピナ?

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