趣味は引用
「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その3

[前回…]

 巨人ガルガンチュワという存在は、ラブレーの独創ではなく、中世のヨーロッパに広く流布していた言い伝えだったらしい。その伝説に基づいて書かれた『大ガルガンチュワ年代記』という物語を読んだラブレーは、これを模倣して、まず『第二之書 パンタグリュエル物語』を上梓する。いま私が読みはじめようとしている『第一之書 ガルガンチュワ物語』は、『第二之書』のあとで書かれたんだそうである。私が教師なら、ここの関係はテストに出したい。何の教師だ。パンタグリュエルもまた、ガルガンチュワの息子として当時よく知られていた伝説上の巨人であって、ラブレーはこの巨人親子の来歴を後付けで作りあげようとした。

「目次」をざっと見たところ、この『ガルガンチュワ』は全部で58章からできている。1章1章はひどく短い。しかし、だからといって、出てくるエピソードのひとつひとつをメモしていこうとは思っていない。私以外のほかの誰かが、実物のページをめくらなくてもここを見れば流れがつかめる、それくらいちゃんとした記録をとっていくつもりはない。そんなのぜったい挫折する。挫折しなかったら、いつまでも終わらない(そっちの方が困る)。心意気としては、1ヵ月以内に読み終えたいくらいだ。

「目次」を眺め、「読者に」を読んで、「作者の序詞」に入ると、突然ラブレーはソクラテスを引き合いに出し、その外見をボロクソに貶したあとで、傍目にはどんなに醜くても中身は素晴らしい人物がいるように、この本の内容も、《表の標題が示すほど軽佻浮華なものでもない》のであるよと、滔々とした口調で語り出す。
《[…]諸君も事理に聰くなられ、これらの滋味に富んだ良書の良書たる所以を嗅ぎ分けて、その真価を悟り、これを味わい、この上ないものと思うべきであり、獲物を追うに当たっては軽捷、これに立ち向かうに際しては大胆なるべきである。そして、念入りにこれを翻読し、瞑想の数を重ね、骨を噛み砕いて、[…]このような読み方をすれば、分別もでき、立派な人間にもなれるという確乎たる希望をもってしかるべきだ。》p20

 しかるべきであるか。この本さえ読み終えれば、こんな私だって立派な人間になれるとラブレーは励ましてくれている。しかしこの「作者の序詞」、実はこのような呼びかけで始まっていたのだった。
《世にも名高い酔漢[さけのみ]の諸君、また、いとも貴重な梅瘡[かさ]病みのおのおの方よ、――かくのごとくお呼び申上げるしだいは、私の書物が捧げられるのは正に諸君にであって、よそのお方たちにではないからだが、――プラトンの『饗宴』と題する対話のなかで[…]》p17

 私はいきなりつまはじきである。

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック