趣味は引用
読んでみる  その1


 唐突に、ラブレーの「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみようと思ったのだった。
 これは、ガルガンチュワとパンタグリュエルという巨人の親子があちこち遍歴する物語のはずで、フランスの古典としてたいへん名高いが、その内容はといえば、酒飲み話と糞尿譚と駄洒落がこれでもかというくらいにぎやかにあふれかえっているという。だから名高いのか。原著の刊行は1532~1564年とされている。ラブレーの名は高校の世界史の教科書にも出ていた。

 読もうというのは、渡辺一夫の翻訳した岩波文庫版である。全5冊。たいそうな名訳として評判で、私の狭い読書範囲でも、ラブレーといえば渡辺一夫、渡辺一夫といえばラブレー、名訳といえば「ガルガンチュワとパンタグリュエル」、みたいな物言いがよくされていた。『フィネガンズ・ウェイク』といえば柳瀬尚紀、のようなものかもしれない。知らないけど。
 それだけ翻訳が有名になるからには、原文が相当難しいということになるのだろうが、なんでもラブレーの時代の書きものは、現在のフランス語と大きくちがう、中世フランス語という言語が使用されていたそうで、これはいまのフランス人でも読めないらしい。だから「ガルガンチュワとパンタグリュエル」には、英語訳やドイツ語訳その他と同様に“現代フランス語訳”もあるという。日本でいえば『源氏物語』みたいなものか?
(私が目にした最も過激なほめ言葉は、「渡辺一夫によるラブレーの日本語訳は、現代フランス語訳よりも見事だ」というもので、こうなるともう何がなんだかわからない。出典は忘れた。ここらへんの私の書いてることはまったくあてになりません)

 ところで、岩波文庫に「ガルガンチュワとパンタグリュエル」という書名の本はなく、正確にはそれぞれこういうタイトルである。
『ラブレー第一之書 ガルガンチュワ物語』(1973)
『ラブレー第二之書 パンタグリュエル物語』(1973)
『ラブレー第三之書 パンタグリュエル物語』(1974)
『ラブレー第四之書 パンタグリュエル物語』(1974)
『ラブレー第五之書 パンタグリュエル物語』(1975)

 でもめんどくさいので、シリーズ名として今後も「ガルガンチュワとパンタグリュエル」という表記を使っていく。渡辺一夫はもともとこれを白水社から出し(1941~1964年)、それからも改訳を続けて、この岩波文庫版が事実上の決定稿になっているようだ。上の書名につけたカッコ内の数字が、岩波文庫の初版が出た年。
 この5冊、私が大学に入ったころは生協の書棚にも普通に並んでいたから、そのうち買おうと思って眺めているうちに数年が経って、気がついたら姿を消していた。まさか絶版なんてことはないだろうと都内の本屋をまわっても「在庫はないよ」と言われるので、とうとう岩波書店のお客様受付に電話までして「品切れである・重版の予定はない・もういっさいない」との回答をもらったのだった。なにもそこまで、というくらい出版社は冷酷である。
 とはいえさすが古典、こんどは早稲田の古本屋をひとめぐりしてみると、5冊揃いが3、4組は置いてあるのが確認できたので安心した。安心しただけでまた数年が過ぎ、あるとき思い立って買いに行くと、すでにひと組もなくなっていた――なんてこともなく、あっさり見つかった。最終巻の裏表紙に鉛筆で書かれていた値段は3300円。1冊あたり660円とすれば、新本の値段とそんなにちがわない。最近は探してないけど、いまでも手に入れるのは難しくないんじゃなかろうか。
 そうやってようやく部屋に持ち帰った「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を、3年くらい前、私はたしか3冊めまでは読んだはずなのだが、そこまで進んでいながらなぜ途中でやめたのか憶えていないし、内容についてはもうほとんどあたまに残っていない。作中では、たしかに酒を飲んでいた気がする。糞尿のことは記憶にない。その程度なので、今回ははじめから読み直すことにする。
「唐突に読もうと思った」のにもいちおう理由はあって、それはこのラブレー、いま現在、ちくま文庫で新訳が刊行中だからである。訳している宮下志朗という人は、渡辺一夫の教え子の教え子にあたるとか。手元にある岩波版を読まないうちにちくま版がぜんぶ出てしまったら、たぶん私はそっちを読んで、岩波版は積んだままになるか、あるいは、岩波とちくまのどっちから読むか迷い、どちらも読まないままになるにちがいない。それは嫌だ。なんでも宮下志朗は、「年に1冊ずつ出す」のを目標にしているようで、2005年に第1巻、2006年に第2巻が出ているから、まだまだ余裕はある。
(宮下訳は、『第五之書』をカットした全4冊になるらしい。そしてそっちのタイトルは、『ガルガンチュアとパンタグリュエル』である。相変わらず表紙のかっこいいちくま文庫、私は岩波版を読み終えるまでは意地でも買わない)

 途中から自分でも予想していたことではあるが、だらだら書いていたせいで、本の実物にたどりつかなかった。文庫の第1巻にはたいへん充実した訳者の「解説」がついているけれど、今日はもう眠たいので、下にウィキペディアの記事へのリンクを貼っておく。人は易きに流れる。人って私だが。あしたの更新はあるのだろうか。そして、ほんとに読むんだろうか。
 いずれにせよ、「糞尿のことは記憶にない」と書いたのは私の人生において初の経験であり、願わくば最後であればいいなと思う。なかなかないだろう、こんな言明をする機会は。

「糞尿のことは記憶にないのか?」
「はい、糞尿のことは記憶にありません」

 それはいったいどんな厳しい尋問なのか。

 ガルガンチュワとパンタグリュエル(ウィキペディア)

 フランソワ・ラブレー(ウィキペディア)


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