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2006/03/21

宮沢章夫『レンダリングタワー』(2006)

レンダリングタワー
ASCII


『『資本論』も読む』とほぼ同時期、今年1月の出版。買いそびれているうちに近所の古本屋で見つけた。この町はやはりどうかしていると思う。
 これは宮沢章夫が「MACPOWER」なる雑誌に連載しているエッセイをまとめた本で、だからアップル社やマッキントッシュ、その周辺機器に関するマニアックな話がここぞとばかりに並んでいるかと思えばそんなことはなく、たとえばある文章はこんなふうに書き出されるだろう。
《いまなにより気になるのは、リビアという国を政治的に指導する「カダフィ大佐」だ。いったいあの人は、いつまで「大佐」なのかという、国際政治的に考えると、どうでもいいような問題である。》

 そんなマックがあるものか。
 しかし宮沢章夫はあくまで「大佐」という呼称に立ちどまり、ひとくさり考えをめぐらせてからこのように続ける。
《これがたとえば、前振りに、「六本木ヒルズ回転ドア事故」について書かれていたら、ある種の社会派として許容されるからことは複雑である。Macとはなんの関係もないが、社会的に意味がありそうなら人を納得させる。私はそういった人たちにひとこと言っておきたい。
 この大ばか者どもめが。
 どちらも同じである。[…]》pp139-40

『『資本論』も読む』がマルクスの難解な本を読むドキュメンタリーになったのはとくべつ奇をてらったわけではなく、宮沢章夫の文章は、いつも書きながら考えている。考え考えしながら書き進んでいる様子が伝わってきて、行き先も決めずに道を歩いていくそのペースにこちらも同調できると、妙な心地よさが発生する。書き出す前に準備をしない、ある種ノーガード戦法めいたこのような書き方では、書き手の地肩の強さがむきだしになるのだろうが、宮沢章夫は、ほれぼれするほど“強い”(準備をしていないように見せる手法、だとしたら、なおさらおそろしい)。ときどき、「流している」と感じられる部分もあるものの、次の日に読み返してみると、そこが変に面白かったりもするのだから、油断がならない。
《[…]『マトリックス・完全分析』をまだ読んでいない私に、すでに読んだという知人が思いもかけないことを言ったのである。「どうだった、読んで少しはわかった、あの映画?」と私が質問すると、知人はきっぱり言ったのだ。
 「ナノテクはおそろしいな」
 いきなりである。いったいどこがどうなって、『マトリックス』の理解と、「ナノテク」がつながるのかいよいよわからないが、さらに知人は念を押すように言う。
 「ナノテクに比べたら、タバコの害なんてカスみたいなもんだよ」
 まったくわからない。》pp114-5

 本人の「富士日記2」でうかがえるように、何十もの〆切に追われながら忙しく仕事をこなしているひとりの人間が、いざひとつの原稿に向かう段になるとこんなテンポで文章を綴っているのだから、つくづくプロはすごい。
 たまたま見かけたアップルの社員を尾行したり、映像を加工するソフトに翻弄されたりしながら、どうやら“笑わせる”方向をめざしていることだけはたしかな24篇のエッセイのなかほどに、「サポートセンター」「サポートセンター、ふたたび」と題された続きものがある。PowerBookのスロットにうっかりシングルCDを入れてたいへんな目にあった宮沢章夫は、「それはお客様の過失になります(補償の対象にはなりません)」と伝えるサポートセンターの女性を相手にどのように食い下がり、女性はどう答えたか。
 ここのくだりは本書の白眉をなすと思うので、買わずとも本屋に寄った際の立ち読みをすすめたい。でも面白かったら買ってほしい、私の代わりに。

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