--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006/03/06

スケッチブックと卵菓子 その3

[前回…]

 5日目、またも劇場を訪れたナダンは、アーディスから強引に頼まれ、急遽代役として舞台に立たされることになる。その夜の日記で述懐するところによれば、ろくにセリフを憶える時間もなかった彼がそれでも大過なく役目を務めおおせることができたのは、「ドラマの進行する方向は一度も見失わなかった」からだという(P293)

 しまったなあ。前回の文章のあと、私は「ナダン、はじめから泥棒するつもりでアメリカに来た」という方向を選んで「アメリカの七夜」をぐじぐじ突付きまわしてみようと思っていたのが、意志の弱さから「ちょっと参考に、あくまで参考に」気分で「アメリカの夜」の“真相”(殊能将之)をのぞいてしまったのだった。するともう、私に書けるようなことはなくなってしまったじゃないか。
 こう書くとがっかりしているようだが、私はあらためてこの中篇を面白がっている。紹介されていたRobert Borski氏の説にも興奮した、というかちょっと感動した。盗むつもりであればどこかでナショナル・ギャラリーを訪れた記述がないのは不自然だ、と私も考えるべきだった――というのはもちろん氏の復元例を見たあとだから言えることである。私は自分の疑問だった「5日目に『明日はアメリカ風の朝食を試そう』と書いておきながら翌日記述がない」謎にも勝手に解答をもらったようなつもりでいる。そして、「私に書けるようなことはなくなってしまったじゃないか」と言っておいたうえで、まだ続ける。

 2日目の朝、ナダンはいかにも観光客らしく、ホテルの支配人に「この都市の名所」はどこかと尋ねている。

《ひとりでそこらを散歩して、できればスケッチをしてみたい、とぼくはいった。
「それならできます。建物を見るならここから北、劇場を見るなら南、公園を見るなら西。公園にいらっしゃるおつもりですか、ジャアファルザデーさん?」
「さて、どうしようかな」
「公園にいらっしゃるなら、ボディガードを最低ふたりは雇うべきです。いい紹介所をお教えしますよ」
「拳銃を持ってる」
「それだけではじゅうぶんとはいえません」
 もちろん、ぼくはその場で決心した。ぜひとも公園へ行ってやろう。ひとりで。》P231-2

 私の妄想するシナリオはこうだ。
 ナダンは、もともと「われわれの民族遺産である写本絵画」をナショナル・ギャラリーから奪還する決意を胸にやってきた。手引きをしてくれるアメリカ人が現地で彼の到着を待っている手筈だが、一方で、その人物が自分を罠に陥れようとしている(=協力を申し出てはいるが、実は国益を損なう異邦人を捕えようと目論む側にいる)可能性も捨てきれない。着いた当日とその次の日のあいだ、ナダンは「不安」にくれてその「疑惑」を書き綴る。《日記に書いたことで――それには非常な努力が必要だったが――ずいぶん気分がよくなり、部屋のなかを何度も歩きまわった。》(P234)
 上の引用部で予告されている公園訪問をナダンは翌3日目に果たす。日記には、野犬の群れを撃退して「物乞いを装った四、五人のアメリカ人」を毅然として追い払ったと書いている(P254)
 ナダンが公園に行ったのは、「写本絵画」奪還の現地協力者と接触するためだったのではないか。前日からわざわざ「ひとりで」行くと書いていたのが、裏返しの伏線となる。公園でのちょっとした出来事の記述も、実際にあったことを隠すためのエピソードである(普通に読んでもこの部分は、彼が意図するところの“旅行記”には欠かせない小さな武勇伝として、それはそれで作った話のように見える)。
 こういう色眼鏡をかけて読み直すと、引用した会話中の「さて、どうしようかな」にさえ、「なにをしらじらしいことを」と反応してしまう自分に気づく。「いかにも、ここではじめて公園に行くことを思いついたふりをして。国を出発する前からそういう計画だったくせに」。

 で、5日目に日記の場所が変わっているのに気づいたナダンは、それを自分の陰謀に対する何者かからの警告(「おれたちは見てるよ、お前を」)と捉えておそれおののくのである。
 このサインを残した人物が誰なのかはわからない。警察とか政府の人間なのか、ひとまずナダンはその人物を「スパイ」という言葉で表現した。もしかすると3日目の公園で、そういう危険を協力者から聞いていたかもしれないし、その協力者がスパイなのかもしれない。いずれにせよナダンは、平静を装い裕福な観光客として翌日以降もふるまわねばならなかった。だから日記は書き続けられなければならない。卵菓子も食べねばならない。
 このような意図的な工作に対し、アーディスの正体を見たあとの記述に出てくる「もうこうなったら写本絵画を盗んでやろうか」みたいな部分(P304)は、取り乱したゆえの本心の漏洩に見える。たとえそれがはじめからの目的であったにしろなかったにしろ、あえてこのような記述を捏造する事情は私には思いつけなかった。しかしそう考えたところで、そのあとに続くうわごとのような記述(クレトン、“警察”)が何の作為もない幻覚剤の効果なのか、それを装ったものなのかはまったく決定不能のままである。

 繰り返すまでもないが、ぜんぶ妄想である(しかも中途半端だ)。謎に対する私の答えには何の根拠もなく、それらがほんとに「謎」であるかどうかにさえ根拠はない。一方、これらの答えを否定する根拠も、「その謎は謎じゃない」とする根拠もない。読者がそれぞれ好き勝手な妄想を塗りたくって遊べるよう、ウルフは「アメリカの七夜」というキャンパスに絵の具と筆まで用意してくれた。
 そういう“与えられた自由”のなかで、私はさらに日記から隠蔽されている「協力者」あるいは「スパイ」にクレトンを結び付けられないかと考えている。そのうえで、クレトンと呼ばれている人間はふたりいる、とかもっていけたら上出来だ。加えて、タイトルにしてしまったことだし、「スケッチブック」をどうにかこの線に絡めたい。ひとり訪れた公園でスケッチをしたと日記に書いたのはナダンの押さえがたい自己顕示で、それが暗に示すのは、協力者との密会に際してなんらかの役目をスケッチブックが担っていた事実である、とか。もちろんクレトンは、財布と間違えたのではなくはなからスケッチブックを盗ろうとしたのだ、とか。あるいは、あるいは、あるいは、……。意図も文脈もたぶんまったく別なのを無視して、トマス・ピンチョンが『重力の虹』最終ページ最終行に書きつけた一文が思い出される。

 《さあ、みなさんご一緒に――》






デス博士の島その他の物語
ジーン ウルフ Gene Wolfe 浅倉 久志 柳下 毅一郎 伊藤 典夫 伊藤 典夫 柳下 毅一郎
国書刊行会 (2006/02)


 ○ ○ ○

 こちらで紹介されている諸説もたいそう面白い。
「Ultan Net」から、「アメリカの七夜」
http://ultan.net/main.php?group=books&id=7american
 日記のシンメトリー構造なんて、木を見て森を見ない私にはぜったい思いつかない。

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。