趣味は引用
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
フエンテス『アウラ・純な魂 他四篇』(1954-1964)
木村榮一訳、岩波文庫(1995)

 メキシコ作家カルロス・フエンテスの作品を6つ収めた、タイトル通りの短篇集。
「チャック・モール」は、インディオに伝わる「雨の神」の彫像を手に入れた男の話。「生命線」は、革命兵士の監獄からの逃亡劇。「最後の恋」では、裕福な老人が若い男女を見つめながら過去や老い、死について苦々しく思いを馳せる。主人公が子供のころ一緒に遊んだ女の子の家を再訪するのが「女王人形」「純な魂」は、メキシコからヨーロッパに移った兄へ宛てた妹の手紙で構成されている。そして、時の止まったような屋敷にやってきた若い歴史学徒が追憶に生きる老婆の世界に引き込まれていく「アウラ」

 どれもこれもすらすら読めて面白い。奇譚とか、過去の時間と現在の時間の入り混じりとか、期待した要素はたしかにある。しかし「笑えてくるほどバカな部分」がないのでちょっと物足りなかった。この感想の9割は個人的な好みの問題だろうが、残りの1割はきっとそうじゃないという気持もある。なんというか、どの短篇も、訳者による巻末の解説でものの見事に読み解かれてしまうのだ。そこで繰り返されるのは、フエンテスの「メキシコ人としてのアイデンティティの探求」という問題で、この定規をあてると、残酷なようでユーモラスでもある「チャック・モール」の彫像も古代文明と現代文明の対立を担う道具になってしまうし、「純な魂」で兄に寄せる妹の思いがホラーなものに変容していく様子も、ヨーロッパとメキシコの関係へと回収されてしまう。なるほどそんなテーマを上手に作品化したものだと感心し、で、それで?と他にどんな魅力がこれらの短篇にあったか考えると、最初に自分で読んだときの「物足りなさ」につながるのだった。いまいち、はじけない。そつのない優等生。
(ただ、この場合、比較の対象がガルシア=マルケスやコルタサルになってしまうのだからラテンアメリカの作家は不利である。単に私がそういう構えで読んでしまうだけで、個々の作家にとっては「ラテンアメリカ」でひと括りにされるいわれは本来ないのだが)

 どんな小説だって特定の時代の特定の場所で書かれるのだから、背景を知っておくのはいいことだ。解説はためになった。図式的な解釈が作品を矮小化するということはあまりなく、そんなふうに見えるなら、もとから作品が小さいんだろうと私は思う。そこまで小さいわけではない本書は、「小説にはいっさい興味がないがメキシコの文化・歴史については勉強したいと思っている人に、小説だって面白いんだということを伝える」目的のうえでなら最適の1冊かもしれない。でもそんな人はなかなかいない。


フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇 フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇
カルロス フエンテス (1995/07)
岩波書店

この商品の詳細を見る
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。