趣味は引用
ロリータのにおい
《火曜日。 曇り空で、あのどうしてもたどりつけない湖でのピクニックがまた邪魔された。これは運命の策略なのか? 昨日、鏡の前で、新しい海水パンツを試着してみた。》P68

 新訳『ロリータ』を読了する。
ロリータ
 タワレコでもジュンク堂でもいいんだけど、ほしいものがいっぱい置いてあるのは間違いないお店の中を、お金を持たずに見て歩いたような読後感。新潮文庫の既訳を読んでいない私は、「とにかく一通り読み終えてしまう」ことにしたので、年表作りもおざなりである。
 2日前にこの本を買ってから入ったファミレスでページを開き、最初に思ったのは「これ何のにおいだ?」ということだった。
 400ページを越えるわりにはそれほど厚くない、だから特別薄い紙を使っているらしいこの本からは、なにか癖のあるにおいがした。それが、どこかで嗅いだ別の本のにおいと非常に似ており、しかしその本が何だったかは思い出せなくて、気になって仕方がなかった。「あれだ、あれに違いないんだけど、それは何だっけ」。
 帰宅後、これじゃないかと思われる何冊かを取り出して確かめてみたが、どれもハズレ。なおさら気になる。必死で考え、深夜、小説の語り手ハンバートがロリータを落とすためにまず彼女の母親を落としたあたりでようやく思い至る。

 三省堂「大辞林」のにおい

 それからは落ち着いて読書を進めることができた。実家の居間、テレビ台の下に放置されている「大辞林」を、年末に帰省したとき嗅いでこようと思う。

 ところが、いまあらためて『ロリータ』に鼻を近づけてみても、あんなに際立って感じられたにおいは、あまりしなくなっているのである。もう散ってしまったのか? いくら薄くても辞書とは違う紙だから、結局両者のにおいは別物なのか? この本が書店ではナイロンでパッケージされていたのは影響しているのだろうか?

 そういうわけでこの数日、私はずいぶん『ロリータ』のにおいを嗅いだ。あまり人に言えない気がしてここに書いてみた次第。12/14のトークショウは予約が取れた。
《もし強力な催眠術師に診てもらったとしたら、過去に何を求めればいいかわかっている今の私の目に映るよりもさらにはっきりとした形で、彼は私が本書で縫い合わせてきた偶然の記号を抽出して論理的なパターンに配列してくれたかもしれない。しかしその当時、私は自分が現実と乖離しているだけだと感じていたのである。》P357