2005/11/11

ティム・オブライエン「死者を生かす物語」



《リンダはあのとき九つで、わたしも同い年だったが、ふたりは愛し合っていた。しかもそれは本物だった。》

「死者を生かす物語」の語り手である小説家ティム・オブライエンは、ティミーと呼ばれていた子供の頃に、こんな恋に落ちたと回想する。で、愛するリンダはその年のうちに脳腫瘍で死んだ。あらら。これはそういう話である。
 情緒もへったくれもなくなるが、小説のあたまと終り近くから引用する。
《物語では、彼女の心を盗むことができる。絶対的で変わらないものを、せめて短期間、生き返らすことができる。[…]物語では奇跡は起きる。リンダが微笑んで起きあがることができる。腕を伸ばしてわたしの手首にふれ、こう言うことができる。「ティミー、泣かないで」
 わたしにはそういう奇跡が必要だった。》

《夜ベッドに横になると、眠りのなかでリンダを生かすべく、わたしは念入りに物語をこしらえた。自分の夢を作りあげた。[…]そのうち、わたしの思い描いた通りに、リンダが姿を見せた。夢のなかでは見つめ合うだけで口はきかなかったが、それはふたりとも恥ずかしがり屋だからだったからだ。わたしが彼女を家まで送っていき、ふたりして玄関の階段にすわり、闇を見つめて、いっしょにいた。
 ときどきとんでもないことを彼女は口にした。「いったん生きた人はね、けっして死なないの」
 あるいは、こうも言った。「あたし、死んでるみたいに見える?」
 こういことは一種の自己催眠だった。意志力が半分、信仰が半分。これだけあれば物語は生まれる。》

 身も蓋もなく、これは「想像力のなかで死者は生き返る」という話だ。現実に生き返りはしない(そんな馬鹿な話があるものか)。しかし異様なのは、リンダの話の合間にヴェトナムの回想が挟まれるところである。
 そこではどんどん人が死ぬ。爆死した仲間にも、村人の腐乱死体にも、冗談めかした「お葬式ごっこ」が繰り返された。そういう儀式に馴染めなかった新兵オブライエンも、次第にその意味を考えるようになる。
《わたしたちは物語をして死者を生かした。テッド・ラヴェンダーが頭を撃たれたときは、こんなにメローなこいつは見たことないな、なんとくつろいだ顔をしてるんだ、こいつの心を吹っ飛ばしたのは銃弾じゃなくてトランキライザーだぜい、とみんなしてしゃべった。[…]たいていは、自分たちで話をこしらえた。おおげさだったり嘘八百だったりもしたが、そうすることで肉体と魂を元通りにつなげるなり、新しい肉体のなかに魂を住まわせるなりしていたのだ。》