趣味は引用
05/09/11
「いまどこまで読んだんですか」
「41巻」
「だからそれはどこですか」
「ごめんなさい。第4部、仗助がバイクでハイウェイ・スターから逃げてるとこです」
「4部! 吉良いいですよね~」
「吉良が? じゃあ露伴は?」
「露伴!? 露伴キモイでしょ!?」
「吉良は!?」

 というわけでジョジョは続く。
 ネットをちらちら見ても、ジョジョ読者である友達何人かに聞いても、「4部はちょっと」「4部で読むのを止めた」派が多かったが(上のは特殊例である)、なんだか私にはえらく面白かった。「町」が舞台で地図があるだけで心躍る単純さのせいかもしれない。登場人物はもとより、伏線が死屍累々だが、現実の町だってそんなものだろう。
 しかし漫画の内容以前にたいへんだったのは、42巻がなかなか見つからなかったことである。

 2ヶ月前に私が読み始めたきっかけは、前にも書いたが「全巻揃っていたブックスーパーいとう」である。とくに30巻を越えるくらいまでは、各巻が2冊ずつ置いてあった。同じ巻を2冊、ときには3冊見比べて、きれいな方を買う「選択の余地」さえ私にはあった(×5巻/週)。
 それが8月のあたまごろ、店頭で、すでに自分の持っているはじめの方の巻がなくなっているのに気がついた。次の週に行けば、さらに続きの巻がなくなっている。ほかの誰かが、私にやや遅れて、同じようにジョジョを集めはじめたのにちがいない。「追われている」。棚の前で、地響きのようなあの擬音が聞こえた。
 タイミングが悪かった。承太郎×DIO戦の興奮も冷めないうちに私は帰省しなくてはならず、翌週、帰京した日に訪れた「いとう」で私が見たのは、まさにこれから買おうとしていた30巻以降が、きれいになくなった棚だった。「抜かれた」。在庫が豊富にあったはじめの方とちがい、そのあたりからは1冊ずつしか置いてなかったのである。「ほかの誰か」が財力に任せて一気に買い集めていった(←想像)あとに補充はなかった。こんなにあからさまな「負け」があるだろうか。

 以来、何軒のブックオフ、「いとう」、その他を回っただろう。原宿のブックオフは立地に意味がなかった。三鷹の「いとう」はなぜか値段が高かった。中野のまんだらけでは、私と同様、「必要な巻」のリストを手にジョジョの棚を漁る女子2人組にも遭遇した。「ないよ~」と騒いでいた。やはり後半は揃えにくいらしい。ジョジョはどこにでもあるのに、42巻はどこにもなかった。
(前回ジョジョについて書いたのはこのときで、あれはつまり、憂さ晴らしである)
 残暑の下であんまりぐるぐるしたからか、ようやく42巻を手に入れたのがどこの店だったのかはっきり思い出せなくなっているのは、自分のことならたいてい覚えているつもりの私にしては珍しい。渋谷だったか、荻窪だったか。その巻を探しながら、こんな思いを繰り返したくない一心で、もっと先の方の巻も見つけた順にチェックして、「どこの店には何巻がある」メモを作った。当然、後日行ってみると目当ての巻は売れていたりもしたわけだが。

 結果、今日に至るまでに、第5部完結までの全63巻中、55巻1冊をのぞく62冊をなんとか手元に集めた。47巻をもって第4部が終わり、第5部に入ったというのに、読むのは54巻で一時停止を余儀なくされている。
 55巻。55巻だけが見つからない。42巻以上の難敵である。ここまで全部古本で揃えてきたのに、1冊だけ新本で買ってしまっては、最初の「いとう」で私を追い抜いた「誰か」にまた笑われる。2敗目は避けたい。それとも、いいかげん荒木飛呂彦に印税を払えということか。古本でも新本でも、あるいは文庫版でも、揃えばよかろうなのか。
 いまや私は「55巻は欠番じゃないのか」と疑うまでに追いつめられている。


 大人になってからかかった水疱瘡は治りにくい、という話を、ここまで書いてきた分を読んで思った。この日記はなんだ。カルテか。



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