2005/09/06

05/09/06

 私にとって、手を洗うというのは、石鹸で手を洗う、という意味である。水だけで洗ったところで汚れなんて落ちやしない、と固く信じている。台所の石鹸は毎日小さくなっていく。外から帰ってきたときであれば100%うがいもする。外出するときはハンカチ必須。

 そんな自分は異常なのかもしれないと思わされるのは、男性用トイレの洗面所で、たいていの成人男性が、ちょちょっと手を濡らしただけで「洗った」ことにしているのを見るときである。その手をぱたぱた振っておしまい。ハンカチまで持っている人はとてもとても少ない。注意して見ていると、センサー式の蛇口の下に手を入れて、水が出る前に両手をこするだけで済ませる人もいる。それは何も済んでいない。
 注意して見るまでしておいて何だが、私がそういう人たちを「汚い」と考えているかというと、別にそんなことはない。ただ、自分の手についてだけは、石鹸で洗わないと落ち着かないのである。

 何もとくべつ手が汚れる仕方でトイレを使っているわけではないのだから(その点は信じてほしいと思う)、少なくとも手を洗う局面においては、私は軽い潔癖症に分類されるのだろう。洗面所を出ればそんなことはないのだが、私みたいに、はじめから石鹸のないのがわかっている駅のトイレに入るのには抵抗を覚えたり、高田馬場・早稲田通りのエクセルシオールカフェ2階トイレの液体石鹸タンクがいつになったら補充されるのか気にしている人間はめずらしいに違いなく、だからこそ、あそこはこの4年間ずっと空なのだろう。なんというか、液体石鹸がないのはよくて、使い捨ての便座シートとか洗浄スプレーがないのを不潔とするのは偽善者だ。片手落ちだ。他人だけが汚いと思っている。
 ――以上、これを読んでの連想。

・三浦しをん「しをんのしおり」#338 頼むから手は洗ってください
 http://www.boiledeggs.com/siori/siori338.html (リンク切れ)