趣味は引用
「宇宙戦争」(2005)
S・スピルバーグ監督

「親子の絆」は建前で、10歳の女の子をどれだけひどい目に遭わせられるか、その一点でシーンをつないでいくのだが、当の子役がぜんぜん「子供」として撮られていないのはどうなのか――というのはどうでもいい気がしたのだった。
 自動車が壊れる。地面が壊れる。家が壊れる。ビルが壊れる。塔が壊れる。高架の線路が壊れる。飛行機も壊れる。わくわくする。その理由は明らかで、この映画は、これらの破壊の多くを下から見上げるためだった。
 どういうわけか私には「下から見上げる」構図に惹かれる性向があり、中学高校の美術の授業なんかでも、外に出れば校舎の脇で仰向けになって阿呆なパースのついたスケッチをし、屋内に入ればガラステーブルの下に頭を入れてテーブル上の物品を描いたりしたものだった。大丈夫か。とはいえ、いわゆる「平成ガメラ」三部作で、“電柱があり、家があり、その向こうにガメラがいる”図が絶賛された(たしか)ことからも、この「下から見上げる」アングルは相当程度一般的に共有された嗜好だといって大きく間違えてはいないはずである。はずである。
 だからこの映画でも、宇宙人の三本足ロボットが初登場するシーン、落雷で道路にあいた穴から放射状に走る亀裂が建物の外壁をのぼっていく様をトム・クルーズと一緒に見上げることのできた冒頭だけで充分、モトは取れたと思ってしまうのだった。われながらいい観客である(もうひとつ印象的だったのは、後半、「空から降ってきたある物が木にひっかかる」シーンだった)。
 立派な物が何から何まで壊されていくのを、トム・クルーズはなすすべなく見上げるだけである。主人公である彼に知りえた以上のことは映画に入っていない。筋が通っている。大阪はどうなったというのか。
 何にしろ堪能した。(下から)見てよかった。ついでに、まったく原作を知らずに見た人が結末にどんな感想をもつものか聞いてみたくもある。