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2005/09/26

尾辻克彦『肌ざわり』(1980)

肌ざわり
河出文庫(2005)

《まだ固まったままの体でゆっくりとドアを押してゆっくりと外に出ると、胡桃子はドアにズックを引っかけたりしながら、
「お父さん、そんなに急がないでよッ」
 といいながら追いかけて来た。
「お父さん、わだかまっているのね」
「……」
「お父さん、何かいってよ」
「いや……、まいった……」
「そんなにおかしくないわよ」
「そんなに……」》「肌ざわり」

 父子家庭。設定はそれだけで、短篇が7つ。
 床屋に行って帰ってくるだけ、とか、天井裏を覗くだけ、とか、宅急便で届いた生牡蠣を冷蔵庫にしまうだけ、とか、そういった「だけ」の話が、観察と回想と考察によって小説に加工されている。つくづく不思議だ。湿っぽさなど1ミリもない。他の登場人物の、おそらくは陰惨というのが適切な過去を扱っても、ページには乾いた風が吹いている。
 小学生の娘“胡桃子”の造形や口調がときどきあまりに都合よすぎる気もしたが、台詞がツボにハマったときの爆発力にはすさまじいものがあった(彼女は『父が消えた』収録作のいくつかにも華々しく登場する)。
 でもそこは引用しない。以下は、自転車に乗って帰ってくるだけ、の話から、「私」の目に虫が入ってしまった部分。
《私は左目を開けられない。しっかりつぶった左目に皮を引張られて、右目まで少し細くなった。鼻の皮も左目に引張られて、その下にある唇が少し開いてしまう。顔全体が左目の方に吸い寄せられて、斜め上向きになって行く。
「まいった……」
 つぶった左目の、上の方がゴリゴリしている。だけど見えるのは、右の目に青い空だけ。それもたまらずにつぶってしまうと、左目に紫色の雲がひろがる。》「虫の墓場」

 初読時に「すごい」と驚き、再読時に「もしかして、なんてことないか?」と一瞬迷い、しかしすぐに「やっぱりすごい」と考え直したので引いてみた。この気持はもう変わらないと思う。
 この人の小説はもっと読みたい。ある限り読んでみたい。
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