--/--/--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005/09/25

尾辻克彦『父が消えた』(1981)

父が消えた―五つの短篇小説 (1981年)
文藝春秋

 赤瀬川原平の筆名であるところの尾辻克彦(ここらへん参照)、この人の小説を読みたかったのに読めなかった。何しろ手に入らなかった。古本屋でも見当たらなかった。
 それが半年くらい前に、近所の古道具屋(古本屋でさえない)でこの単行本版『父が消えた』を発見したのだった。

 短篇が5つ入っている。しかし感想は書くまいと思った。スジのない、視線と表現の面白さが魅力になっているタイプの作品で(柔らかい感情をへんに硬質な文体で描く)、感想の書きようがない気がしたからだった。
 とはいえこの「キッチンに入るな」は、私が気に入ったフレーズとか文章をただ引用して並べるために開いたメモ帳的スペースだったので、感想もなしに引用するのはむしろ趣旨にかなったふるまいなのだった。というか、いつもそうしてたじゃないか。
 なので表題作の冒頭から引用する。設定の説明もしない。その必要がない。
《三鷹駅から東京発の電車に乗ると、ガタンといって電車が動いた。電車はどんどん動くので私は嬉しくなった。こんなこと、まったくいい歳をしてばかな話だけれど……。でもいつもと反対の電車に乗ると、よくこういうことがある。
 私はいままで、この三鷹駅からは東京「行き」の電車にばかり乗っていたのだ。だけど今日は三鷹駅から東京「発」の電車に乗って、八王子の墓地へ行ってくるのだ。電車はいつもの三鷹駅の固まった風景を、もう一枚めくるように動き出した。いつも見慣れていたつもりの風景が、どんどんめくられて通り過ぎて行く。珍しいことである。電車というのは反対に向かうとじつにどんどんと動くのだ。この電車が動くという感じが嬉しくなってくる。》

 第2段落、「電車はいつもの」以降。極端な話、いや、真面目な話、こういう文章のために私は本を読んでいるんだと思う――などと結局感想を書いてしまったが、ほんとに言いたいのは、この『父が消えた』とその前作『肌ざわり』が、2ヶ月前に河出文庫から復刊されていたということだった。



父が消えた (河出文庫)父が消えた (河出文庫)
(2005/06/04)
尾辻 克彦

商品詳細を見る
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。