趣味は引用
別役実とベケットと
 メモしておきたかったのは、別役実『「ベケット」といじめ』の復刊である。例によって「富士日記2」、5/23分で知った。

「ゴドーを待ちながら」のベケットに、「行ったり来たり」という作品がある。手元の戯曲集だと7ページしかない。題、公演記録、人物表にそれぞれ1ページ、演出に2ページで、戯曲部分は見開き2ページに収まる。
 舞台には椅子に腰掛けた3人の女。以下、宮沢章夫『牛乳の作法』(筑摩書房)より引用――
《数学のような精緻さである行為が反復される。つまりこうだ。
 「三人のうち、一人が立ち上がって姿を消す。すると残された二人が、去った女の話をする」
 よく読めば、構造はそれだけ、そこに付加されるのは、去った者について語るとき、きまって耳元で囁くことで、だから何が語られるのか戯曲には記されないし、なにが問題になっているのかも、「読者」や「観客」にはわからない。三人の女は一人ずつ順番に去る。何をしに行くのか不明だし、去ればきっと自分のことをあとの二人が噂するに決まっていると知っていながら去っているのじゃないかとも思え、噂をさせようとして立ち上がったかのように見える》

 どうなんだこれは。
 1人が消え、それが戻ってくると別の1人が消え、それも戻ってくると最後の1人が消えて、もちろん、戻ってくる。ここで台詞は、現物によると

「むかしの話をしない?[沈黙] これからの話は?[沈黙] むかしみたいに手をつながない?」

 なんなんだこれは。
《最後に三人で手をクロスさせて握り合うのだが、それもまた幾何学的であり、作品を象徴しているかのようだが、だからといって、作品を理解しようとすれば難解で、解釈しようとすれば、別役実が『「ベケット」といじめ』でしたような精緻な分析が必要とされるだろう》

 これはどうしても『「ベケット」といじめ』が読みたくなる。題材を「徹底的に分析」できる人に私は弱い。しかもいま書いていて気付いたが、私はこの本を『ベケットと「いじめ」』だと間違って記憶しており、『「ベケット」といじめ』が正しいとすればますます「ベケット」がわからない。この本の中で「ベケット」は、シールみたいに流通するのだろうか。あるいは宮沢章夫が誤記している可能性さえあり、そうなると何がこの人に本でもウェブ日記でも「ベケット」と書かせたのか気になって、面白いのでこれはググらずに出版を待ちたい。白水uブックスなら1000円しないだろう。安く買える幸せは多い。


牛乳の作法
牛乳の作法
posted with amazlet on 06.02.03
宮沢 章夫
筑摩書房 (2002/12)
売り上げランキング: 78,767