2005/02/02

『朝食』のこと その1


『チャンピオンたちの朝食』で物語の中心になるのは、各界の芸術家を招いて開かれる華々しいお祭りとして企画された、アート・フェスティバルというイベントである。
 富豪ドウェイン・フーヴァーは、誰も自分を1人の人間として扱ってくれない現状に疲れ果て、徐々に気が狂いつつあるが、短時間よみがえった正気の時間に「新しい人たちから新しいことを聞」くためフェスティバルの会場に行ってみることを思いつく。
 貧乏作家キルゴア・トラウトは、いくつかの偶然と勘違いにより「大作家」として招聘され、やはり会場へ向かう。

 当の開催地ミッドランド・シティは何もない空疎な町で、フェスティバルに協力している地元の人びとにしても、芸術に特別な興味があるわけではない。

 私がここで引用してみたかったのは、『朝食』で示される(1)作者と登場人物の関係についての奇妙な考察だったが、それには、(2)同様に奇妙な人間観を紹介しておくことも必要な気がする。
 長くなるので引用は次回以降だが、このふたつをヴォネガットは、ドウェイン/トラウトという主要キャラの描き方によって実践的に示す一方で、その理屈・考え方を、「わたし」という語り手を通し直接的に説明してしまいもする。
 きっかけになるのは、上記2人の出会いに先立つ一場面、フェスティバルに来賓として呼ばれこの町に滞在している抽象画家と小説家をめぐるシーンである。
 小説のはじめから様々な評言を差し挟んでいた語り手の「わたし」は、ここに至って、1人のキャラとしてミッドランド・シティを訪れ、やはり小説の1キャラである芸術家の演説に立ち会う。