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ヴォネガット その5

《「メアリ、この本がほんとうに完成するのかどうか、いまのところぼくにはわからない。もう五千ページやそこら書いているのに、みんな気に入らなくて捨ててしまった。しかしもし万一、これが完成するものなら、ぼくは誓うよ。フランク・シナトラやジョン・ウェインが出てくる小説にはしない」》

 そんなわけで、『スローターハウス5』の主人公は、戦地へ赴く前に時間をスキップして戦後の生活を送り、「トラルファマドール星人」の円盤に誘拐され星の彼方の動物園に収監される。
 ひとりの英雄も勇ましい戦闘シーンも描くことなく、珍奇な挿話のパッチワークで飛び石を渡るように進んでいくこの小説が、主人公と読者を連れて終り近くでたどり着くドレスデンの爆撃、第二次大戦における最大規模の空襲として本作の核心になると予告されていたクライマックスは、分量にして文庫本の見開き2ページにも満たない。これがヴォネガットの戦争小説である。
 トラルファマドール星人には時間の観念がないという。過去も未来も現在と共にあり、だから何ものも失われることがなく、悲しみもない。悲劇とは、当の出来事が起こった後からふりかえる視線によって「あれは悲劇だった」と解釈され作りだされるものだ――そんな与太を信じたいヴォネガットは、ふりかえらずに『スローターハウス5』を書こうとする。
 それはごく普通の意味でのストーリーテリングを避けることにつながった。ヴォネガットは作中で起こる物事をあらかじめ明かし、時間の経過と無縁な時の一点に小説を置こうとする。もちろん欺瞞だ。小説がページ順にめくられて線的に読まれる以上、『スローターハウス5』には『スローターハウス5』なりの組み立て方があり、『スローターハウス5』なりの伏線の張り方がある。作者が「これは失敗作になる」と認めてスタートした『スローターハウス5』は、戦争小説としては失敗したのかもしれないが(成功ってなんだ?)、小説としてはぜんぜん失敗していない。

 13万の人間を一晩で殺した爆撃を言葉で語りうるという幻想を排し、それでも何事かを語ってみるために、不自然で不恰好な小説をヴォネガットは書いた。そして彼自身がインタビューで答えているところによれば、その『スローターハウス5』に活かすことのできなかった材料を寄せ集めた「残りかす」が、次作『チャンピオンたちの朝食』であるという。
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