趣味は引用
サイモン・シン『暗号解読』(1999)
暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで
青木薫訳、新潮社(2001)

 たとえば「35文字のアルファベットからなるメッセージの並べ替え方は50000000000000000000000000000000通り以上あり、世界中の人間が1秒に1つずつチェックを続けたとしても、すべての並べ方を調べ終えるまでには宇宙の年齢の千倍の時間がかかる」などと言われると、自分は簡単に陶然としてしまうのだが、これは極端に数字に弱いせいなのか。

 ともあれ、刊行時にやたら評判が良かったのもうなずける話で、ギリシャ・ローマ時代から現代まで、暗号の作成と解読技術の発展を解説してくれるこの本は読み出したら止まらない。
 当然のことなのか驚くべきことなのか、暗号の原理とは、文字を何らかの法則に従って置き換える、というだけであるらしい。
 この手順を暗号作成者たちがどのように複雑化し、解読者たちはどんな方法で対抗してきたか。その仕組みを説明する語り口は、感動的なまでにわかりやすい。
 16世紀末に完成されていた、メッセージを一文字ずつ違った法則で置き換え無敵に見えたヴィジュネル暗号(でも解読される)だとか、第二次大戦直前にできた暗号作成機械(および解読機械)の構造、さらにはどうせ玄妙すぎて魔法と区別がつかないと思っていたコンピューター導入後の暗号から、真に完璧な暗号になると予想される量子暗号の考え方までついていける喜びに、読んでいる間だけは浸れるのだった。
 一方でこの本には、そこかしこに名をもった人間が現れ、数学の天才を含む、暗号作成者たちと解読者たちの偉人伝としても読める。なかでも現代に至ると、先進的な原理を発見しながらも国家機密に直結するため公に出てこれなかったイギリスの暗号専門家チームの話など、面白くてたまらない。

 ところで、例外の扱いながら特に印象に残るのは、第二次大戦中に米海軍で使われたナヴァホ・コードで、先住民族ナヴァホ族の言語をほとんどそのまま適用したこの暗号は、「歴史上解読されなかったきわめて稀な暗号の一つ」だったという。
 というのも、ナヴァホ語の動詞は主語ばかりか目的語によっても活用し、しかも動詞は副詞も取り込み、話者の体験か伝聞かでも変化するから、動詞一つがまるごと一つの文としてさえ働く。発音は難しく、極めつけに、彼らには書き文字がないので用語集を発見されるおそれもなかった。じっさい通信兵になったのはナヴァホ族だけで、同じ情報部でも解読どころか書き取ることさえできなかったという。
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