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ヴォネガットのこと その4

『猫のゆりかご』から『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』をはさみ、『スローターハウス5』(1969)でヴォネガットは一挙にヴォネガットらしくなる。
 妙な言い方だが、いま現在のわれわれがブックガイドその他でヴォネガットについての情報を得る際に、「断片的な構成」と並べて言及される独特の手法、「断片ごとに作中の時間が前後する」スタイルが確立されたのがこの『スローターハウス5』だった。
 自分の意思と関係なく過去・未来に飛んでしまう性癖を主人公に付与し、加えて、「過去→現在→未来」という地球人の時間概念を持たない宇宙人を登場させる合わせ技によって、『スローターハウス5』は作中の乱れた時間配列に説明をつけようとする。
 もっとあとの作品だとよりスマートに、つまり説明なく時間が行ったり来たりするようになる(たとえば『青ひげ』や『ホーカス・ポーカス』)のだが、見事な建築の外観よりも、それを内部で支える鉄骨に惹かれてしまう人間がいるように、変わった趣向を取り込もうと四苦八苦する姿を隠さない『スローターハウス5』の方が私は好きだった。お前の好みかよって話だが、先にも書いた通り、「ヴォネガット的」として語られることの多い形式面の特徴は、ほとんど『スローターハウス5』一作で完成したのである。

 それらはみんな、苦肉の策だった。ドレスデンでの体験を描くために構想されたはずのこの作品の本篇は、主人公を紹介するより前に、「どうして自分には戦争小説が書けないか」をくどくど語る作者の言い訳から始まる。
 小説で戦争を止められるわけがない(「反戦小説を書くなら反氷河小説を書いたらどうだ?」いう台詞があった)のだから、自分は無駄なものを書こうとしている。どれだけ書いても実体験には追いつかない以上、戦争を経験した人間に戦争は書きえない。そんな逆説を事実として受け入れるところにヴォネガットの倫理の基準はある。
《「サム、こんなに短い、ごたごたした、調子っぱずれの本になってしまった。だがそれは、大量殺戮を語る理性的な言葉など何ひとつないからなのだ。今後何もいわせず何も要求させないためには、ひとり残らず死なねばならない。」》

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