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「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」(1991)

原作・脚本・監督:トム・ストッパード

 シェイクスピアの『ハムレット』は、デンマークの王室を舞台にしている。
 王子ハムレットの父王が急死すると、王位には彼の叔父がつき、しかも母親と結婚してしまう。父の亡霊から叔父の謀略を知らされたハムレットは復讐を誓って狂気を装う。叔父王は王子が乱心したと見て、彼の幼馴染だった2人の男を呼び寄せ監視役として使い、のちにまとめてイギリスへ追いやるが、ひそかに2人をスパイと決めつけたハムレットは罠を仕掛けて自分だけ帰還する。
 何も事情を知らされないまま、叔父王とハムレットの両サイドから翻弄されるこの2人がローゼンクランツとギルデンスターンであり、イギリスへ出発したあとはどちらも二度と舞台に現われない。劇の終わり間際で彼らのその後を伝えるのは、別の登場人物の素っ気ない台詞だけ。いわく、「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」。

 脇役中の脇役みたいな2人。しかし、彼らの視点に立てば『ハムレット』はどのように見えるだろう。それがこの映画「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」で、ここではこの2人が主役になっている。
 ある日突然呼びつけられた彼らからすると、叔父王はなぜかえらい剣幕で怒っているし、ハムレットも意味不明の激情を爆発させる危ない男である。言われるまま、つつがなく任務を果たして帰りたい事なかれ主義の2人は、右顧左眄の右往左往を余儀なくされる。
 いわば裏『ハムレット』だが、この作品はそれだけでは終わらない。
 というか、はじまりからして変なのだ。ローゼンクランツ、ギルデンスターンの2人の会話は一貫して論理的、ただし論理的すぎて不条理に至る言葉遊びの領域で繰り広げられ、確率や運命について論じる彼らは何気なく万有引力や振り子の法則を発見しそうになり、旅の途中でハンバーガーを発明する(それらの細かいギャグは、画面に示すだけで一切スルーという贅沢な使い方)。

 ひたすら問題になっていると見えたのは「役割を演じること」で、たとえば前半、2人はどちらがローゼンクランツでどちらがギルデンスターンかわからないよう描かれている。なにしろ本人たちまで混乱している始末。『ハムレット』では宮廷に旅の一座がやってきて劇中劇を披露するが、この映画でも一座は登場し、座長は2人と密接に絡み合う。

「演じること」について考えると、話は「脇役という存在」につながっていく。それが必然なのかそうでないのかもよくわからないものの、ひとまず、『ハムレット』を読んだ人なら見ないともったいない映画だとは言えると思う。




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